第237話 リハーサルを終えて休憩 真美と由香

 第一幕のリハーサルが一通り終わった。昼の休憩を挟んで、午後からは衣装付きの全通しをする予定になっている。


 真美は簡単に食事をすませてスペインの振りを確認する。真美は第二幕の『スペインの踊り』だけでなく、それに伴って、第二幕の『花のワルツ』と最後の『終曲のワルツ』もディベルティスマンのダンサーとしての振り付けに変わった。第二幕の間はスペインの踊り『チョコレートの精』として『花のワルツ』や『終曲のワルツ』を踊ることになる。


 衣装の由香と一花いちかが真美のところに来て採寸をする。由香が真美に話し掛ける。

「あなた噂には聞いていたけど、すごい人なのね」

「え、そんなことないですよ」

 真美が慌てて言葉を返すが、首を振るような仕草をしながら由香が続ける。

「すごいわよ。スペインの振り付け見てたけど、とおるさんがあんなに簡単に、手早く振り付けするの見たことないわよ」

「いえ、私、後から入ったから、特に、自分の出番や踊りがなくて、すみれさんや美織みおりさんから『とりあえず全部覚えときなさい』って言われてたんです」

「で、あなた、この短い期間で全部の振りと全員の演技を覚えたの?」

「まあ」

「この期間って言っても、あなた東京にも来てたわよね。すみれから聞いたけど、大阪の舞台も観に行ってたんでしょう。全員の踊りなんて見る時間もあまりなかったんじゃない? それも実際に、その一つ一つの踊りを踊るわけでもない真美ちゃんのために、誰かが振りを教えてくれるなんてこともなかったでしょう。それなのに自分で見て全員の踊りと演技を覚えたの?」

「まあ」

「うちのバレエ団なら主役級ね」由香が溜息混じりに言う。

「いえいえ、そんな、私、自分が習ってた大阪のバレエ教室では、先生からそんな風に教えられてたんで……」

宮崎美香みやざきみか先生?」

「はい」

「大阪の宮崎先生のことは、うちのバレエ団だけじゃなくて東京でも有名だけど、すごいわね。踊りのテクニックだけじゃなくて、そんなとこまで、すごく厳しいのね……宮崎先生は、すごいダンサーをいっぱい育ててるもんね」

「私の習ってた宮崎先生とか、京都の宝生ほうしょう先生とかは、そんな感じなんです」

「ああ、宝生鈴ほうしょうりん先生、二人とも関西の有名な先生ね」

「すごい先生たちです。めちゃくちゃ厳しいけど」

「そうらしいわね。結構、海外なんかにも行くんでしょう」

「はい、ロシアとかが多いみたいです」

「ふうん、真美ちゃんは行かなかったんだ」

「私は、海外どころか、途中で自信失くしてやめちゃったから」

「みたいね。美織みおり瑞希みずきから聞いたわ。どうして? 自信失くすなんて考えられないような輝かしい経歴と実力の持ち主みたいじゃない。まさか、瑞希に負けたから?」

 由香の質問に、真美は少し考えるようにして、

「そうですね。それもあったと思います。こっちに来て、偶然、瑞希さんと出会って、彼女に負けて自信失くすなんて、どうかしてたなって思えたんです。だから、もう一度やってみようって思えたんです」

「あいつは、あれで、結構、本当にすごいでしょ。瑞希はあんな性格だけど、知らないがコンクール会場で、無言で練習してる瑞希を見たら、本当に『こいつには勝てない』って思わせるでしょ」

 頷きながら聞く真美。

「まあ、ハッタリをかませられるというのか、あの、コンクールの本番直前の舞台リハーサルとかで、個性の強いダンサーやバレエ教師が、みんな舞台上で所せましと最終調整している中でも、まったく周りを気にせず『瑞希様のお通りだ』みたいに踊るでしょ」

 真美が頷き、笑いながら呟く。

「本当ですよ。みんな『河合瑞希かわいみずきが来てる。なんで、このコンクール出てんの?』みたいな感じですよ」

「あれはねえ『やっちゃいけない』って、バレエ団の人も、みんな言ってるんだけどね」

 由香が微笑む。

 向こうの方で瑞希が、二人のあや寿恵としえと一緒に何か喋りながらサンドイッチを食べている。

 真美がここで出会う前、コンクール会場でしか見たことがなかった頃は、瑞希がこれほど親しみやすく、話しやすい女性だとは思わなかった。


 由香が真美に笑顔を向ける。

「出会いって大切よね」

「はい」真美も心からそう思った。

「スペインの衣装は来週までに届けるから、で、来週末、また私は来る予定だから」

 由香の言葉に、

「私も来る予定なの。頭飾りもできたら一緒に送っとくわね」

 と一花いちかが付け加える。

「え、また、来週来て頂けるんですか? ありがとうございます」

 真美は由香と一花いちかに丁寧に礼を言うと、

「今回の衣装を全部チェックして、手直しするとことかもあるから」

 と言って、由香と一花いちかが顔を見合わせ、もう一度、微笑んだ。

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