第112話 青山青葉バレエ団 『白鳥の湖』ルスカヤ すみれ
「
すみれの言葉にデッキに付いていた
稽古場の鏡の前、正面に真理子が座っている。
すみれさん……ルスカヤを踊るんだ……
園香ばかりでなく見ている者全員が注目した。真美、
そこへ、ちょうど
「お願いします」
すみれが静かに言う。
『ルスカヤ(ロシアの踊り)』は、バレエ『白鳥の湖』全幕のなかで、王子の花嫁候補として王宮に招待された王女たちの踊りとして、スペインの踊り、ハンガリーの踊り(チャルダッシュ)、ナポリの踊りなどと並べて踊られる民族舞踊の一つである。
しかし『ルスカヤ(ロシアの踊り)』は、もともと主役・オディールの踊りとしてチャイコフスキーが作曲した曲といわれている。
公演で配役をポスターやパンフレットに載せるとき、オデット・オディール、ジークフリート、ロットバルトなど主要な配役、踊りと並べて『ルスカヤ』のダンサーを載せるバレエ団もある。
『白鳥の湖』の中で特別な踊りである。
『白鳥の湖』第三幕より ルスカヤ(ロシアの踊り)
管楽器による強奏からバイオリンのカデンツァ……物悲しい静かな曲が流れだす……
全幕の中でも特徴的な美しい曲……
白いハンカチを持って踊る(指先に付けるハンカチ)。本番の衣装ではロシアの民族衣装であるココシニクと呼ばれる頭飾りをつける。
柔らかく、美しく、そして、どこか悲しさを感じさせる曲。流れるような美しい踊りの中で、一つ一つのすみれの動きが印象的だ。止まったときのポーズ。正確なポジション。
美しいアチチュード。まるで床を滑っていく様に移動するパドブレ。なんて美しい動きなのだろう、何かこの世のものではないような美しさがある。
曲の中盤からテンポの速いオーケストラ曲の明るい曲に変わる。独特なロシアの民族舞踊の動きと、クラシックバレエの正確な技術が交互に入ってくる難しい踊りだ。
クラシックバレエの型を崩したキャラクターダンス(民族舞踊)とクラシックバレエの正確なポジションが速いテンポで交互に繰り返される。
すみれはこの速いテンポでクラシックバレエのポジションがまったく崩れない。超絶な技術と体幹を持っている。
周りで見ている世界のプリンシパルたちからも感嘆の声が漏れる。
踊り終わって全員から拍手が沸き起こった。
今回の公演は
周りから不安の声も出ていたが、
バレエ団トップのプリンシパル三人が抜けても、尚、盤石な布陣を見せつけるような配役である。
すみれが真理子の前に立つ。真理子が立ち上がり、完璧と思われたすみれの踊りに更に細やかな表現と技術のアドバイスをしていく。すみれが確認するように、もう一度振りをさらう。
そして、
「もう一度、お願いします」
と言い、真理子に一礼する。
真理子が鏡の前に立つ。
すみれは先ほどの踊りを、もう一度最初から曲で通した。
そして、踊り終わった後、
美織は、曲のテンポが速くなる瞬間の顔を上げるタイミングが少し遅かったような気がした。それを言おうとしたとき、
唯がニコニコしながら手をあげ、
「すみれ先生、踊りが速くなる前に顔上げるの、ちょっと遅かった」
と言った。
稽古場が凍り付いた。
慌てて美織が
「すみません。私も同じところ……」
と唯をかばおうとした瞬間、すみれが微笑み、やさしく唯を抱っこした。
「ありがとう。唯ちゃん。すみれ先生も失敗したと思った。唯ちゃん、あなたは、すごいね」
と言って、すみれが抱っこした唯の額に自分の額をくっつけて微笑んだ。
唯も嬉しそうにニコニコする。
稽古場に微笑みが広がった。
「真理子先生」
とアドバイスを求めるすみれに、
「それだけですよ」
と真理子が微笑みながら言った。
すみれが美織の肩を軽く叩いて微笑んだ。
「じゃあ、お昼少し休憩して、午後は、みんなで一階の大教室に行きましょう」
すみれが優しく、みんなに声を掛けた。
――――――
〇パドブレ(トゥシューズで立って移動するパドブレ)
片足ずつ交互に動かし移動する動き。トゥシューズで右足前でする場合は両足を締めるように膝を伸ばして立つシュスの状態から足が開かないようにつま先立ち、右に移動する場合、後ろの足(左足)から右に移動する。右足は左足の位置まで移動する。これを細かく連続して右に進む。両足が開いた状態にならないように注意する。
〇シュス
右足前で立つ場合、右足と左足のつま先が付くように、太腿から、つま先まで離れないように内腿を絞るように締めて立つ。
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