第113話 青山青葉バレエ団 衣装アトリエ青山青葉

 稽古場を出ようとしたとき、衣装の由香がやって来た。

ゆいちゃん、お食事が終わったら三階の衣装室に来てくれないかな」

「はい」

 手をあげて元気よく返事をする唯。美織みおりや優一と一緒に軽い食事をすませた後、皆で三階の衣装室を訪ねた。


 美しい装飾が施された扉に小さな文字。


『アトリエ青山青葉あおやまあおば


「ここは衣装係の人たちのスタッフルームなの」

 美織の説明では、この隣が舞台美術のスタッフルームだそうだ。そして、更に二階にそれぞれの大きな作業場があるという。

 三階のスタッフルームに入ると、学校の教室ほどある部屋で、たくさんのスタッフが衣装作りや身に付ける小物作りをしていた。


「うわぁ」

 唯が目をきらきらさせて部屋の中を見回す。

 唯ばかりではない園香そのかや真美、唯のお母さんもその光景に圧倒された。

 スタッフたちが衣装と格闘するような目で作業をしていた。園香たちに気付くを微笑み挨拶をしてくれる。


 唯が興味深々で見入ったのは、机に向かって細かい作業をしているスタッフだった。彼女たちが真剣な眼差しで作っているのはティアラだった。一つ一つに細かい飾りを施した美しいティアラ。


 スタッフの一人が唯に微笑み、声を掛けてくれた。

「あら、かわいいお客さん。あなたがキャンディの唯ちゃん?」

「はい」

 と手をあげて大きく頷く唯。

 スタッフの女性が微笑みながら作っていたティアラを唯の頭につけて鏡の前に連れて行く。

「うわぁ……お姫様」

「そうよ。キャンディのみんなにつけてもらう頭飾りよ」

 鏡に映った自分の姿に見惚みとれる唯。

 スタッフの女性が皆を案内してくれた。


 その中で一人の女性が、まるで何かに取り憑かれたかのように真剣な眼差しで衣装を作っている。園香たちが近くにいることにも気付かないほどの集中力だ。

 飾りのバランスを見ながら美しいチュチュの作成に没頭している……来生由香きすぎゆかだ。


 その美しいチュチュに全員息を呑んだ。見回してもみても、この工房の中で一番美しい高貴なチュチュだった。

 園香や真美も今まで何年もバレエをやってきて舞台を経験してきたが、こんな衣装は見たことがなかった。特別な照明も当たっていない普通の部屋の照明の中で、神々こうごうしいほどの美しさを放っていた。

 白地しろじに細かい金色と白の刺繍ししゅう。細かく散りばめられた飾りは繊細極まりない。他の衣装と別格という感じだった。

 スカートのチュールも計算しつくされたかのような美しさだ。繊細な白のチュールと、気が付かないほど薄いピンクのチュールのグラデーション。

 光のあたり具合によって幻想的で不思議な美しさを見せる。


 案内してくれていた女性が、

「彼女が作っているのは、今度の花村バレエの『金平糖の精』の衣装です」

と説明してくれた。


これが私の衣装……


 園香は鳥肌が立った。血の気が引く様な感覚を覚えた。

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