第111話 青山青葉バレエ団 大切なこと すみれ

 その後、ゆいはすみれのところに走って行き『キャンディの踊り』を踊って見せる。自分の気付いたところを、すみれに見てもらおうとしていた。

 すみれが微笑みながらやさしく唯にアドバイスする。今までになく真剣な眼差しで『キャンディの踊り』を踊ってみせる唯。

 それは周りで見ている園香そのかや真理子やあやめばかりでなくプロのダンサーたちにも微笑ましい光景に見えた。

 しかし、同時に、そこにいた全員が、三歳の唯の中にある何かすごい才能、素質をの当たりにしたような衝撃を受けた。


 あやめが、すみれと美織みおりのところに来た。

「唯ちゃんの『キャンディ』立ち位置、変えましょうか」


 美織が思わず、

「いや、それは……」

 と言いかけた時、すみれが横から、あやめに言う、

「変えなくていいですよ。変えない方がいいと思いますよ。彼女バレエ教室で一番小さいんでしょう」

「はい」

「じゃあ、いいんじゃないですか、今の立ち位置で。一番後ろの一番端で」


「でも、どうなんでしょう」

 少し考えるように呟くあやめに、すみれが微笑みながら言う。

「この子の代わりに立ち位置を変えられる子は?」

「え」


 すみれが唯の顔を覗き込むように頭を撫でながら微笑む。

「唯ちゃんは、舞台のどこの場所でも、さっきみたいに元気に楽しく踊れるよね」

「うん」

「よし、年上のお姉さんたちと一緒に楽しく合わせて踊ることもすごく大切なこと。お友達みんなと一緒に『キャンディ』頑張ろうね」

「うん」

 唯は大きく頷く。


 すみれが、あやめや唯のお母さん、そして、園香や真美の方に向いて言う。

「私は花村バレエのキッズクラスの子を唯ちゃん以外知らないけれど、おそらく、この子は一番上手なんじゃないかな」

 そう言って唯に微笑む。唯がきらきらした笑顔ですみれを見ている。


 すみれが続ける。

「でも、私は『上手だから特別』は、もう少し、お姉さんになってからでいいと思うんです。このくらいの年の子だと、子供たちよりも、お母さんたちの方が競争してるんじゃないですか? うちの子が、うちの子が……みたいな」


 すみれが唯に、そして全員の方に視線を移した。

「この子は頑張っていれば、いずれセンターで踊る子になるでしょう。今はみんなとの『』を大事にする心を育てましょう。みんなと踊る。後ろの端っこで踊る経験も大切。主役になったとき、舞台の端に立っているダンサーが見えなくなるようでは……そんなダンサーは自分自身の踊りにも驕りがでてきます。舞台の端に立っている、その人がいなかったら、主役はお姫様になれないの」

 その言葉は園香への強いメッセージ、思いが込められているように思えた。


 すみれが唯に視線を戻す。

「唯ちゃん『くるみ割り人形』第二幕、お菓子の国。キャンディの唯ちゃんが、そこで踊ってくれるから『金平糖の精』はお姫様でいられるの。一人ぼっちのお姫様なんていないよね。お菓子の国のみんながいるから、お姫様は、お姫様でいられるの」

 唯が頷く。


 そして、もう一度、園香に向き、

「花村バレエの『くるみ割り人形』(全幕)『キャンディ』を踊る一番年少の一番後ろの端で踊る出演者のレベル。唯ちゃんの踊り見たわよね。園香さん、あなたは、その公演の頂点で踊る主役『金平糖の精』です……もっと上手になりなさい」


 園香は改めて震えるような緊張を覚えた。

「はい」


 すみれが微笑みながら園香に視線を向ける。

「大丈夫よ。あなたなら、今よりも、もっと魅力のある素敵な主役になれるから……これから厳しく指導してあげるから」


 そう言って、すみれは自分の踊りの準備をする。


 ここに来て初めて、花村バレエから来ている全員が、今回の青山青葉あおやまあおばバレエ団の公演『白鳥の湖』で久宝くぼうすみれが本番で踊る踊りを見る。


 バレエ『白鳥の湖』第三幕 ルスカヤ

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