第283話 基本はプリエから 真美

「まずプリエからやな。プリエでかかとから頭のてっぺんまで、まっすぐ一本の軸を体で感じんねん。それができるようになると姿勢がよくなるとかだけじゃなくて、ピルエットとか回転のテクニックだけじゃなくて、高く、軽くジャンプすることもできるようになるねん」

「わかる気がする」美和子と香保子かほこが頷く。


「例えばな、体を一本の鉛筆って考えてみい。鉛筆を垂直に立てんねん。そして、垂直に立てたまま、横にスライドさせんねん。それがジャンプの前の助走やな。そのスライドさせてる鉛筆を下からはじき上げるんをイメージしてみい。どうやったら、鉛筆が高く上に上がると思う?」


「まっすぐ上に弾き上げる」香保子が答える。


「そうやな。バレエは走り幅跳びやないから前にどれだけ飛ぶかやないねん。競技やないけど、どちらか言うたら距離より高さやな。そうすると、弾き上げる方向が斜め方向でもあかんし、弾き上げるとき鉛筆が傾いててもあかん。どうしてか言うたら、鉛筆の重心に対して力がまっすぐ働かんからや。この場合『鉛筆』が『体の軸』や『弾き上げる』いうんは『足の裏で床を蹴り上げる』ことや。理科でやるやろう。重心にまっすぐ力がかからんかったら、モノは高く飛ばずに回転すんねん。つまりジャンプやったら前につんのめるか、後ろに掛かったら勢いが落ちんねん。体の軸がまっすぐ移動して、かかとから足の力すべての力が垂直に体の軸にかかってジャンプした時、足の力が全部、体を浮き上がらせる力につながんねん」


「なんかわかりやすい」美和子と香保子が頷く。


「次にや。男性がリフトいうて女性を持ち上げたときな『思ったより軽い』とかあんねん。体感してもらおうか」


 ストレッチを終えてバーでプリエをしていた小学生の理央りおに声を掛ける、

「ごめん理央りおちゃん、ちょっとええか」

 理央が何だろうという表情でやってくる。

「理央ちゃん、いまプリエしてたやろ。ちょっと持ち上げさせてもらっていいかな?」

 理央が頷く。真美が理央に、

「プリエするときの状態で立ってくれるか」


 真美が美和子に声を掛ける。

「美和子ちゃん言うたな。この子のウエスト辺りを抱えて抱っこしてみ」

 美和子が理央に、

「ちょっと、ごめんね」

 と言って抱きかかえる。

「うわ、さすがバレリーナ軽い」


 真美が頷きながら、

「理央ちゃん、体の力抜いて」

「うわ」理央を落としそうになる美和子。真美もすぐフォローする。

「どうや」

「ごめん、びっくりした」

「重く感じたか? よく言うやん。お父さんやお母さんが小さい子を抱っこしてて、子どもが起きてるときは軽いけど、寝落ちしたら重くなるって。あれや、体重は一緒やのに、だらっとされたら重く感じんねん。なんでやと思う。体の重心がバラけんねん。例えば本を十冊、綺麗に積んで持ち上げたらそうでもないけど、同じ本を大きい袋かなんかにぐちゃぐちゃに入れて持ったら重く感じんねん。それは本を綺麗に積んでるときは、一つの箱のようになって重心が一点にまとまってんねん。一点の重心を持ち上げんのと、バラバラの重心を持ち上げるんでは重さの感じ方が変わるっちゅうことや。このバーレッスンで体を作って軸がまっすぐになった状態が、男性が女性を持ち上げた時『軽くてびっくりした』とか『引き上がってる』っちゅう状態や」


 周りで聞いていた他の生徒たちも、いつの間にか全員集中して聞いている。


「ピルエットとか回転系のときも軸ができてることが大事や重心がバラけてたらコマも回らんで。ジャンプの時もそれや重心を一本の軸にまとめんねん。そして、まっすぐ蹴り上げる。次は振り上げる足。ジュテの振り上げで太腿ふとももから足先まで、足の重さも体の浮力に変えることやな」


「なんか、すごいね」


「踊りの基本のバレエが少しは美和子ちゃんと香保子ちゃんの踊りの役に立ちそうに思えたか?」

「なんかすごく奥が深いね。なんか、すごく科学的に完成された芸術みたい。もっときちんとレッスン受けるよ」

「そうやろ、理系やそうやから、より理解してもらえたか?」

 二人とも頷きながら微笑む。

「まあ、理系やからってことでもない気がするけど」


 真美が理央にお礼を言って、

「レッスン方法……教授法とか、メソッドとか言うなあ、練習方法から、踊りの技術だけやのうて表現とかも、世界中のバレリーナに引き継がれ、研究され、また、新しい手法が取り入れられて、クラシックバレエは今に至ってるんやな。まあ、頑張ってみたら、また、別の発見や楽しみ方もあるかもな」


「ありがとう。なんか今までになかったところに興味が出てきたよ」

 美和子と香保子のバレエの見方が変ったようだ。


「そうか、それはよかった」


 園香そのかも驚いて聞き入っていた。いつの間にか後ろで聞いていた真理子とあやめが拍手する。

 瑞希みずきが感心する様に真美を見つめる。美織みおりとすみれ、優一も一緒に拍手しながら微笑んでいた。

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