第229話 喫茶店エトワールで 深山純華

深山純華みやまじゅんかさん?」

「……」


 園香そのかは誰だろうという顔をする。真美の方は、はっきりとは記憶にないが、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 古都ことがグラスに入った水を飲みながら言う。

「名前ぐらいは聞いたことがない? 伝説のバレリーナよ。 テクニック、表現力、すべてにおいて完璧だった……国際コンクール入賞から海外のバレエ学校、バレエ団に入団しプリンシパルになったバレリーナ、神様みたいな人よ」

 園香は驚いて、古都ことの顔を見ながら、

「でも、古都さんも」

 と言いかけると首を振りながら、、

「私にとっては大先輩なの、年はそれほど変わらないけど、私にとっても、すみれにとっても、先駆さきがけというか、道を切り開いてくれた人というか……」

「そんな人がいたんですね」


 真美が古都を見つめながら、

「私、その方のこと、名前は聞いたことがあります。美香先生から聞いたことがあるんです。今も海外にいらっしゃるんですよね」

「そう、スイスよ。今も活躍されているわ」

「ローザンヌですか?」

 と園香が聞くと、真美が横から、

「サンガレン……ザンクト・ガレン……そんなとこやったと思うで」

「ふうん、スイスって、今度、瑞希みずきさんが国際コンクールで行くところでしたっけ」

「それはブルガリアやと思うで、スイスよりだいぶ東の方やな。なんか、園ちゃん、イギリスとかフランス以外ごちゃごちゃなんちゃうん」

 ごちゃごちゃ以前に、最初からあまりよくわかっていなかった。隣で古都こと寿恵としえが微笑みながら聞いている。

「まあ、どちらも綺麗なところよ」

 と古都に変なまとめられ方をした。


純華じゅんかさんのことは知らない人も多いと思うよ。瑞希なんかはもうあまり馴染みがない感じだから、彼女にとっては美織とすみれが憧れの人だから。私とかすみれの世代かな、彼女のことを知ってる、なまで、目の前で踊ってる姿を見たことがある世代は……」

「そうなんですね」

げんさんとかも男性だけど表現力すごいでしょ。少しの年の差だけど純華じゅんかさんの踊りをじかに見て知ってる世代なのよね」

 園香は今回ゲストとして来てくれている古都ことげん、今、身近にいて教えてもらっている、すみれや美織を最高のバレリーナだと思っていた。

 確かに最高のバレリーナには違いないが、すみれや古都の上に、更に彼女たちが尊敬する偉大なバレリーナがいたということに改めて青山青葉あおやまあおばバレエ団の層の厚さと歴史を感じた。


◇◇◇◇◇◇


 そんな話をしていると、向こうの方で、すみれと美織が青葉あおばや真理子、とおると何か真剣な表情で話しているのが見えた。

 それに気付いた園香が真美に目配せする様に、

「真美ちゃん、すみれさんと美織さん」

「ああ、文化イベントの話かな」

「いや、そうかな……私、さっきの事を話してるんじゃないかなって思って」

「え」

「さっきの『スペインの踊り』のこと」

「ああ、そうかな」

「なんか、そんな気がする」

「どうしよう、奈々ちゃん、途中から私が入るってなったら、機嫌悪くならんかな」

「それはないと思うけど」

「そうか、じゃあ、私その話、受けてもいいかなあ」

「いいと思うよ。それに、真美ちゃんにどこかでもっと踊ってもらいたいというのは、奈々も含めて、みんな思ってることだから、奈々も悪くは思わないと思うよ」


 そうして、しばらく話をしながら食事をして、明日も午前中から練習があるということで、喫茶店エトワールを後にした。

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