第228話 喫茶店エトワールで 寿恵、古都

「ところで、すみれさんや美織みおりさんたちがいなくなって青山青葉あおやまあおばバレエ団は大変じゃない?」

 園香そのかと真美は気になっていたことを聞いてみた。寿恵としえは微笑みながら、

「もう、今は、そうでもないですよ。いつものバレエ団に戻った感じです」

「え、でも、まだ、いなくなって間もないんじゃない」

「そうですね、本当にいなくなってから、まだ時間が経ってないかもしれませんけど、実際には美織みおりさんと優一さんがいなくなることは、昨年の今頃から団員も知ってたんです。はっきりとは言ってなかったですけど、優一さんのお姉さんの、すみれさんも同じように退団するだろうっていう噂もあったんです。団員はそんな感じだったんですけど、きっと青葉あおば先生やとおるさんにはきちんと伝えてあったみたいで、半年前くらい、昨年の年末くらいかなあ、松野先生やプリンシパルクラスの人達は、もう知ってたみたいで、段々準備していたみたいなんです。古都ことさんも帰ってきたりして、いろいろバタバタてたけど、そのうち春にあった『ジゼル』の配役が発表されて、美織さんと優一さんがいなくて……瑞希みずきさんはすごく動揺してたみたい……二人は五月にいなくなるって話が広がって、瑞希さんも付いて行くって話になって……その時はプリンシパルの人達は少しざわざわしてたのを覚えてます」

「へえ、その頃が大変だったのね」

「五月に三人がいなくなって、その後『白鳥』の配役が決まった時、すみれさんがオデットかと思ったら、古都ことさんで、もちろんルスカヤも重要な踊りですけど全体の物語にあまり関係ないディベルティスマンの一つじゃないですか、全幕のストーリーは完全に、後に残る全員で上演できるって感じの構成だなって、みんなの間に、そんな思いが広がって……で、すみれさんの正式な退団発表は、皆さんが青山青葉あおやまあおばバレエ団に来てた頃だったんです」


 話をしているところへ古都ことがやって来た。

寿恵としえ、語ってるね」

「あ、古都ことさん、失礼しました」

「いいの、いいの、私もちょうど、バタバタのとき帰って来たもんね」

 真美が気にするように、

「主要な女性三人と優一さんがいなくなってもバレエ団は大丈夫だったんですか?」

「まあ、バレエ団はね、あなたたちが東京に来た時も、うちのバレエ団『白鳥』の全幕公演と『ドンキ』の全幕公演を同時に上演してたの知ってるでしょう。人員的には公演をするのに全然困らない感じなのよ。ただ、気持ちの問題は乱された者も多かったかなあ。美織とすみれ、瑞希はバレエ団の中でもファンが多かったからなあ。それに男性陣の間で、優一の存在は大きかったしね」

 園香も真美も、その状況は十分理解できた。

「でも、そんな団員の気持ちが一番よくわかるから、すみれはギリギリまでバレエ団に残ったんだと思う。青山青葉あおやまあおばバレエ団は海外に行くダンサーも多いのよ。私もそうだったけど……すみれは子どもの頃、ずっと憧れていた先輩のバレリーナが海外に行って、バレエ団からいなくなる寂しさを経験してるから、だから、彼女は海外に行くという道を選ばなかったんだと思うの」


「え? 誰なんですか」


深山純華みやまじゅんかさん」

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