第225話 喫茶店エトワールで文化イベントの話(二)

 すみれが話を変えるように言う。

「まあ、そういう訳で、バジルがキトリの友人の町娘と三人で踊る踊りは優一と北村先生、秋山先生で、一幕キトリのヴァリエーションを真美ちゃんにお願いしようかなって」

「え! 私、あれ踊るんですか?」

「なに? さっき、私に頼まれたら、なんでも踊るって言ったじゃない」


 一幕のキトリのヴァリエーションというのは、バレエ『ドン・キホーテ』の作品の中で主役の女性が踊る踊りで曲も振り付けも最も華やかな踊りの一つだ。


「大丈夫よ。私も真美ちゃんの『エスメ』をコンクールで見てるから、あなたのテクニックと柔軟性があれば問題ないわ」

「テンポ早いですよね」

「え、真美ちゃん、あの踊り踊ったことないの?」

「いえ、何度か……美香先生とこの公演や、発表会で」

「なんだ、舞台で踊ってるんじゃない」

 すみれが微笑む。

「え、真美ちゃん、あの厳しい美香先生とこの公演で『ドンキ』の主役を踊った経験があるの? 扇子せんす……ねえ。じゃあ、全然問題ないじゃない」

 美織みおりが笑顔でミックスサンドの玉子サンドを手に扇子せんすを投げる真似をする。園香そのかも驚いたが、美織が嬉しそうに宮崎美香が扇子せんすを投げる真似をするのに、真美が大きく手を振り、

「いえいえ、美織さん『全然問題ないじゃない』じゃないですよ。投げつけられた扇子せんすが壊れるほど投げられましたから」

 すみれと園香も笑いに包まれた。

「まあ、真美ちゃんキトリの一幕のヴァリエーションで決まりね」

 すみれが微笑む。


 園香はそばで聞いていて、やはり、真美のバレエの実力はすごいと肌で感じた。あの大阪で見た強烈なバレエ教師、宮崎美香の下で全幕公演の主役を踊っていたダンサーであり。バレエコンクール全国二位になった経験のある実力者だ。

 それも、その時の一位のダンサーは今一緒にバレエを踊っている元青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパル河合瑞希かわいみずきだ。今度、国際コンクールに出場するダンサーだ。

 普段は友達として普通に話をしているが、真美はまぎれもなく、すみれや美織も認める実力派バレリーナだ。そして、今、自分の周りにいるダンサーたちの凄さに鳥肌が立つような思いがした。

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