第298話 新高輪フィルハーモニーから花村バレエへ

 リハーサル室を離れて、恵那えなとバイオリンの久木田くきた青柳あおやぎ、フルートの有澤、オーボエの浅木あさきの五人と、真理子たち四人、真理子、あやめ、青葉あおばとおるが応接室に入る。スタッフの女性が紅茶を持って来てくれた。


 真理子たちの前に座った恵那たちは十一月のリハーサルについて詳細を話し合った。恵那は前情報まえじょうほうとして聞いていたことを改めて真理子とあやめに確認した。曲の事だ、青山青葉あおやまあおばバレエ団で聞いた曲のことを、もう一度確認した。曲についてはとおる古都こと恵人けいとが言っていた通りだった。紹介してもらったCDをそのまま使って練習しているということだ。


 そして、続けて話したのは十一月のリハーサルの参加者についてである。今回、五十人弱の演奏者が高知に向かう。

 飛行機一便で向かうことが難しいため、前日の飛行機三便に分かれて向かうことにしているそうだ。


 真理子が今回の公演で演奏してもらう新高輪しんたかなわフィルハーモニーの演奏のレベルに改めて驚いた。そして、出演者の踊りがこの演奏のレベルと釣り合っていないのではないかという思いを正直に打ち明けた。


 その言葉に指揮者の恵那が優しく答える。

「真理子先生、私たちはバレエの公演で何度も演奏しています。演奏する団体としては、やはり、青山青葉あおやまあおばバレエ団での演奏が圧倒的に多いのですが、他のバレエの団やバレエ教室の公演や発表会のための演奏も多く受けています。大きなホールでの演奏も子どもたちに向けたイベントも」


 バイオリン奏者でコンサートミストレスを務める久木田が優しく恵那に続ける。真理子とあやめが久木田の言葉を真剣な眼差しで聞いている。

「真理子先生は謙遜され、ご自分のバレエ教室をそのように言われますが、私たちは、そこで舞台に懸ける出演者が夢を追いかけて一生懸命頑張っているのであれば、子どもであろうと大人であろうと、私たちのスケジュールが合えば、最高の演奏をさせて頂きたいと思っています」

 微笑みながら語る久木田の表情に、真理子もあやめも気持ちが楽になった気がした。


 いつも、どこか、厳しそうな雰囲気をまとっているフルートの有澤も柔らかく温かさを含んだ微笑みをたたえながら、

「ここで演奏しているプロと言われる演奏者たちも、皆、バレエを頑張っている生徒さんのように、ここに来るまで夢を追いかけて頑張ってきた者たちです。演奏している者は、そうして頑張っている人たちの思いは分かるものです」


 オーボエの浅木が言葉を添えるように言う。

「純粋な眼差しで一生懸命頑張っている子どもたち、その子たちだけでなく大人も、先生方も親御さんも、皆、真理子先生とあやめ先生に付いてきているのでしょう」


 真理子やあやめの脳裏にゆいや真由たちキッズクラスの子たちの表情が浮かんだ。いつも見学席で見守っているお母さんたちの表情が浮かぶ。


 恵那が続ける。

「それに、私たちは、そもそも今度の花村バレエの公演を素人の舞台なんて全然思っていませんよ。すみれさん、古都ことさん、美織みおりさん、瑞希みずきさん、優一さん、とおるさんやげんさん……都内で青山青葉あおやまあおばバレエ団が上演するときにも顔をそろえないような豪華キャストが全員そろって脇を固めているじゃないですか、主役を務める園香そのかさん、由奈ゆなさんも素晴らしい。そして恵人けいと君も。この前の青山青葉バレエの公演に来られてたでしょう『白鳥の湖』ですよ。あの公演には美織さんと瑞希さん、優一さんはいなかった……でも、今度の花村バレエの公演には、その三人も出演する。まあ、もちろん青葉あおば先生のところはコールドも王妃やお城の従者役の出演者も全員プロのスターダンサーですけど……」


 真理子もあやめも恵那たちと話して何か心につかえていた物が一つなくなった気がした。


「ところで今回の演奏料や旅費の事ですが」

 恵那が口火を切ってくれた。今回、東京に来て一番確認しておきたかったことだ。

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