第299話 避けては通れないお金の話(一)

 一番確認しておきたかったことだが聞くのが怖かった。バレエダンサーのゲスト出演者は一人一人、一人に付きいくらというギャラが支払われる。全員でまとめていくらなどということはない。

 今回の花村バレエの公演のように青山青葉あおやまあおばバレエ団が一手にゲストダンサーを送り込んで来るという様なことはあまりない。

 ゲストダンサーが何人か来るにしても繋がりのあるバレエ団の男性ダンサー、コンクールで入賞した男性ダンサーにオファーしてゲストで来てもらう。また、そのバレエダンサーから知り合いを紹介してもらうということもある。


 オーケストラはどうなのだろう。もちろん請求は新高輪しんたかなわフィルハーモニーからなのだろうが、その内訳はどうなのだろう『一人のギャラ』プラス『交通費と宿泊代』掛ける『人数』で請求が来るのだろうか。

 リハーサルは十一月と十二月の本番前のリハーサル、そして本番の演奏は四日間で計六回。前日と当日の日数まで入れると二週間近くになる。その人数は百人弱だ。

 全日程の一人のギャラと費用を安く見積もって十万円としても百人なら一千万円近くになるのでは……気が遠くなる。


 演奏者は一人一人が個人でホールを取ってリサイタルをしてもやっていけるようなレベルの演奏者ばかりだ。


 恵那えなが真理子とあやめに言う。

「ギャラの方は青葉あおば先生とも相談をして負担を掛けないように考えています」

「負担を掛けないようにという金額の想像が付かないわ。具体的に言ってもらった方が覚悟もできるわ」

 不安の表情を含みながらも、その言葉通り具体的な金額を聞いておかなければならないと覚悟を決めた真理子の姿に、恵那が微笑んで応える。


「いいでしょう。具体的なことを言いましょう。青山青葉あおやまあおばバレエ団さんの青葉あおば先生とも話したのですが、今回の公演は青山青葉バレエ団さんも通常のゲスト料を考えると大きな金額になります。私たちの新高輪フィルハーモニーも……」


 頷く真理子とあやめを見ながら、恵那が提案する。

「今回の公演には青山青葉バレエ団さん、わたくしども新高輪フィルハーモニーも、それぞれ独自にスポンサー様に協賛を仰ぎます」

「え?」

 言っている意味が分からなかった。


「私たちも日頃お世話になっているスポンサー様から協賛を頂いて、今回のリハーサル演奏費用と本番の演奏費用に充てるということです。なのでパンフレット、ポスター、その他の広告物には、そのスポンサー様の広告も載せさせて頂きます。それだけでは宣伝効果、協賛して頂く効果も薄くなりますので、関東、関西各方面に地域に関係なく宣伝させて頂き各地の協賛企業様を繋いで宣伝効果と協賛して頂く効果を得られるよう提案させて頂きます。それを実現するためにお客様の動員も県内のみならず四国、関西、関東それ以外の地域まで広げます。青山青葉バレエ団さんの全面協力、わたくしどもの管弦楽団も全面協力ということで、各地からお客様に来場頂けるよう観客動員させて頂きます」


「そ、そんなことができるんですか?」

 真理子とあやめが顔を見合わせる。


「青山青葉バレエ団さんは東京でも見られないようなキャストが集まります。うちのオーケストラも最高のメンバーで演奏します。つまり、私どもはバレエがなくても演奏だけでもチケット代を払う価値がある『くるみ割り人形』(全幕)演奏をさせて頂きます。我々は、この公演を花村バレエさんのゲスト、お手伝いととらえるのではなく、新高輪フィルハーモニーの公演と捉えて演奏します。花村バレエさん、青山青葉バレエ団さんと共に、一つの公演として演奏させて頂こうと考えています。真理子先生、あやめ先生、一緒に『くるみ割り人形』の全幕を創りましょう」


「それは……」

 真理子とあやめは恵那の言わんとすることが分かった気がした。


 恵那も覚悟を決めているという表情で団員の久木田くきた、有澤たちに目配せし、もう一度、真理子とあやめに視線を戻した。


「それは、今回のすべての演奏のための費用を、我々、新高輪フィルハーモニーでまかなうということです。花村バレエさんにはオーケストラの団員に対するギャラ、費用を請求致しません」

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