第367話 ホールリハーサル前日 リハーサル(五)

 四番目に踊るのは優一だ『眠れる森の美女』のデジレ王子のヴァリエーション。これはバレエの男性ヴァリエーションにおいて王子の中の王子という踊りだ。決してなかなか見られないものでもなく、公演、発表会、コンクールなどでも踊られる踊りである。

 ある有名なバレエ学校の校長が言った。

「これはスターの踊り」

 気品ある王子の踊りの中に高度なテクニックの連続。難しいヴァリエーションだ。


 バレエ『眠れる森の美女』は物語としては一般に知られている『眠れる森の美女』と同じだ。この物語の大半は主役オーロラ姫の話で物語が進む。物語の中でタイトル通り姫は百年の眠りにつく。

 そして、物語の終盤、王子は姫を目覚めさせるために登場する。眠りについた姫を百年後に目覚めさせるために登場する。

 ここで初めて出てくる王子は登場した瞬間に、作品を観る全ての人が理想の『王子』だと思えなければならない。

 ここまでオーロラ姫という主役の姫がつむいできた物語の最後の最後に姫を目覚めさせるために登場する。絶対的な王子でなければならない。


◇◇◇◇◇◇


 恵人けいと一美かずみも優一の踊りをどこも見逃すまいという感じで真剣に見ている。げん木島きじまが壁にもたれる様にして見ている。

 すみれと美織みおりそでで順番を待ちながらストレッチをして見ている。


 優一がゆっくり登場する。曲と同時にグリッサードからカブリオール・ドゥバン。一つ一つの動きに気品が漂う。

 後半部分は曲も激しくなりジャンプと回転技を組み合わせたテクニックの連続になる。それも、このヴァリエーションでは正確なバレエのポジションと気品ある表現が求められる。優一は最後まで王子の気品、優雅さを崩すことなく全てのテクニックを完璧に踊リ切った。


 誰もが言葉を失った。

 その踊りは、優一の並外れた柔軟性と筋力、体幹の強さから可能になる高度なテクニックがあってこそ成せるわざだと思えた。

 園香そのかは今までいろいろな男性のゲストダンサーを見てきたが、この難しいヴァリエーションを、これだけ余裕を持って踊れるダンサーは今まで見たことがないと思った。

 この前の文化イベントで優一が踊った『ラ・バヤデール』のソロルも素晴らしかった。バレエフェスティバルで彼が踊った『くるみ割り人形』の王子も『海賊』も素晴らしかった。

 しかし、この『眠れる森の美女』の王子を、これほど完璧に、園香の思う理想の踊り方、表現の仕方で見せてくれた男性ダンサーは初めてだと思った。


 自分の踊りを終えて、隣で見ていた真美も圧倒されたように呟く。

「凄いな。別世界のレベルやな」

 前で見ていた真理子も言葉がないというように感心した様子で拍手を送る。


 周りで見ている全ての者が言葉を失うほど完璧に見えた。オーケストラの団員、花村バレエのスタッフや見学席にいるお母さんたちから惜しみない拍手が続く。花村バレエの男子たちも羨望の眼差しを向け拍手を送る。

 ゆいは自分が踊って欲しいと言った踊りを優一が踊ってくれていることが嬉しいようで、にこにこしながら拍手をしている。

 優一が踊り終えてそでに帰ってくると、すみれが何か一言二言アドバイスをしていた。優一が頷きながら真剣な表情で聞いている。


――――――

〇グリッサード

足を踏み出すとき軽くジャンプするように移動する。踏み出す足は床を擦るように滑らせ膝を伸ばした状態で四十五度くらいの高さに上げ、上げた方の足に軽くジャンプするように移動する踏み切った足を移動した足に集める。


〇カブリオール

カブリオール前後左右ある。カブリオールは片足を膝を伸ばしたまま振り上げてジャンプし、もう一方の床を踏み切る足も膝を伸ばした状態にして、空中で先に振り上げた足に合わせるように打ちつける。先に上げた足は膝を伸ばしたままキープし、床を踏み切った方の足で着地する。

先に振り上げる足を前に上げるジャンプをカブリオール・ドゥバン。

先に振り上げる足を後ろに上げるジャンプをカブリオール・デリエール。

先に振り上げる足を横に上げるジャンプをカブリオール・ア・ラ・セゴンド。

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