第59話 くるみ割り人形 第二幕(四)花のワルツ(一)

 今日の練習はほぼ全員そろっていることが確認できた。

 とおる古都ことが中心になって『花のワルツ』の振り付けを始める。

 最初のハープの音で男性八人、女性八人の八組のペアが登場し優雅なワルツのリズム、メロディで気品ある踊りを踊る。

 宮廷舞踊の要素を多く含む踊り、高雅こうがな世界が舞台に繰り広げられる。派手な体の使い方をせずゆったりとした踊り。ジャンプも小さなステップに近いもので踊りというより気品ある所作しょさを曲に合わせたような舞踊。


 そこから最初の曲の盛り上がりはこの十六人で軽やかなリフトやターンを組み合わせ踊る。

 今日はワルツを踊る男性が優一とげん、花村バレエの男性二名の四人しかいないので、とおると男性ゲスト三人で代役をする。

 この部分の女性八名は大人クラスと高校生女子、中学生女子で踊る。


 途中、二回目の曲の盛り上がりのところから美織みおりともう一人の青山青葉あおやまあおばバレエ団のゲストダンサー、それに舞台に出ている北村と秋山、古都こと瑞希みずきの四人が加わり六人で大きなジャンプからピケとソテ、グランジュテ・アントゥールナンを組み合わせたマネージュ。

 しかし、それも優雅さと動きの柔らかさを合わせ、ただただテクニックを見せるというものではない。

 そこに優一とげん青山青葉あおやまあおばバレエから来る四人の男性が加わり、パシゾー・アントゥールナンで登場。パッセ・トゥール……そして、女性のサポートに入る。

 バランセからソテ・アラベスク、アラベスク……

 男性も大きなジャンプから美しいテクニックを見せるが、優雅に華やかに一つ一つの踊りを踊る。

 一緒に練習している生徒たちも、今まで経験したことがない稽古場の空気、目の前に繰り広げられる優美な空間に心を奪われるような感覚におちいる。


 いわゆる踊りとしてのクラシックバレエの技術ではなく、西洋の文化、歴史の中で生まれはぐくまれた芸術であることを肌で感じる。宮廷舞踊の中にある所作しょさや礼儀作法の一端をとおる青葉あおば、そして真理子が丁寧に教えていく。


 こういう踊りにおける真理子の指導は花村バレエの生徒も今まできちんと受けたことがなかった。

 いや、教えられていたが、生徒の方がクラシックバレエの技法ではなく、演技の一端ととらえてあまりきちんと聞けてなかったのかもしれない。


 しかし、花村真理子の気品ある所作、表現の指導の一つ一つに、青山青葉あおやまあおばバレエのゲストダンサーたちが真剣な眼差まなざしを向ける。

 のぞみしずか寿恵としえばかりでなく、げん古都こと美織みおり瑞希みずきまでが一つ一つの動き表現を踊りながら体で確認する。

 指導のなかで真理子が古都ことに対し、腕の位置、上体の使い方を丁寧に説明した。そして、その部分を繰り返し練習する古都ことの姿。


 その姿から今まで感じたことがない『真理子の偉大さ』の一端を見た気がした。


 普段の稽古では、あやめや北村、秋山のレッスンを受けている生徒を後ろから見ながら「園香そのかちゃんだめよ」「奈々ちゃんできてないわよ」などと微笑みながら注意するだけの真理子。


 今、世界で活躍するプリマたちが真剣に真理子から学んでいる。


 そう言えば、美織みおり瑞希みずき、優一が、ここの稽古場で初めて真理子に会ったとき、三人が最高の敬意を払うように挨拶をしたことを思い出した。


 そのときはバレエ教室の主催者に対して礼儀を示したものだと思っていた。

 しかし、今、真理子が青山青葉バレエ団の団員に指導する姿を見て、あの時の挨拶が単なるスタジオ主催者への挨拶ではなく、自分たち花村バレエの生徒が知らない『偉大なバレエ教師である花村真理子』への敬意だったのではないかと思った。


 あのとき美織みおりたち三人が深々ふかぶかとお辞儀をして真理子に挨拶した姿。

 それと、今、目の前で世界的なプリマである古都や美織、名門青山青葉あおやまあおばバレエ団のゲストダンサーに指導する真理子の姿。

 その二つの姿が別の形で重なった。


――――――

〇パシゾー・アントゥールナン

 助走で一回転した後ジャンプする。ジャンプした後、空中で前の足と後ろの足を入れ替えるテクニック。助走での一回転で右回転する場合、回転した後、右足を前に振り上げジャンプする(左足は後ろに蹴る)空中で左右の足を挟むように入れ替える。この時左足が前に来るので左足で着地。そのまま一回転して次のジャンプに繋げるか、一回転してポーズで終わる。

――――――

〇パッセ・トゥール

 ジャンプして空中で一回転、あるいは二回転(通常二回転)する。その際右回転の場合、右足をパッセ。足の付け根から開き膝をくの字に曲げつま先を左足の膝の位置につける。

――――――

〇バランセ

 ワルツのリズムで足を踏みかえながら体の重心を移動させる。左右、または前後に振り子のよう揺れるような動き。腕も使い、優雅に、あるいは力強く表現する。

このときリズムは一、二、三、一、二、三……と三拍子でリズムを取るが「一」にアクセントを置いて三拍子を取る。

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