第60話 くるみ割り人形 第二幕(五)花のワルツ(二)

 美織みおり古都こと瑞希みずき、北村、秋山、そしてもう一人の青山青葉あおやまあおばバレエのダンサーで踊られるテクニックを見せる場の振り付けのあと、ディベルティスマンのダンサーたちの踊りが始まる。


 チョコレート(スペインの踊り)の奈々と雪村希ゆきむらのぞみの踊り。続いてコーヒー(アラビアの踊り)のあやめととおるの踊り。

 お茶(中国の踊り)沖本心おきもとこころ三杉桂みすぎかつら栗原寿恵くりはらとしえの三人が踊る。その後、あし笛(フランスの踊り)森岡玲子もりおかれいこ松井佐和まついさわ月原静つきはらしずかの踊り。


 チェロ、ヴィオラの美しいメロディに合わせ、再び美織みおり古都ことたちの六人の踊りになる。そしてホルンが入ってくる音でワルツ全員が入る。曲の主題、盛り上がりの部分でディベルティスマンのダンサーも加わる。

 そして最後の曲の盛り上がりの場に金平糖の精の園香そのか、王子の恵人けいとが入り、同時にキャンディの子供たちも加わり、およそ五十人の壮大で華やかなワルツになる。


 そして曲の終わりで全員が金平糖の精・園香そのかと王子・恵人けいとたたえる様にポーズを取り終わる。


 曲が終わると全員舞台に残り周りに座る。キャンディの子供たちも舞台に残る。ディベルティスマンのダンサーは舞台後ろの方に、ワルツのダンサーは間にキャンディの子供たちを入れる様に並び舞台の両袖りょうそでの前に座る。出演者全員が大きな弧を描く様に……舞台全体を包むように並び座る。


 舞台の中央後ろに金平糖の精の園香そのかと王子の恵人けいとが残り、出演者全員が見守る中で最後の金平糖精と王子のグラン・パ・ド・ドゥが始まる。


◇◇◇◇◇◇


 ディベルティスマンのダンサーの振りを古都こと美織みおりが見ながら振りと全員の動きをチェックする。

 今日休んでいる佐和とキャンディの美鈴ちゃんという子の場所も確認しながら全体の動きをチェックする。


 ワルツのダンサーの動きはとおる青葉あおば、あやめがチェックする。真理子が全体の動きを確認する。


 ディベルティスマンの部分ではとおるとあやめの振りと動きを真理子がチェックする。

 園香そのかや他のメンバーはその姿に何か真理子の大きな力のようなものを感じた。

 なぜだろう……園香そのかは思った。言葉には出さないが同じことを恵人けいとも感じているような気がした。

 真理子が徹の踊りに指示やダメ出しをする。そして、青山青葉あおやまあおばバレエ団の芸術監督である徹が真理子の指示に頷きながら振りを確認したり、あやめとのサポートやリフトの振りを踊り直す。

 そして、もう一度、真理子に指示を仰ぐ。青葉あおばは何も言わずに真理子の指導を頷きながら見ている。

 先程の宮廷舞踊の作法でもそうであったが、日本の頂点にいると思われている青山青葉あおやまあおばバレエ団のトップの団員が、真理子の指導に対しては、まるで先生と生徒のように真剣に学ぼうという姿勢で指導を受けている。

 バレエ団の主催者の青葉あおばまでもが、真理子の指導の一言一句を師匠の言葉のように受けているように感じる。

 それはここが花村バレエだから真理子を立てているという感じではない。明らかに青葉あおばにとって真理子がバレリーナとして先輩であるかのように見える。

 真理子の指導力を試しているなどというのではなく、真理子の言葉を待っている。そして、その一言一言を大切に受け止めているように感じる。

 あらゆる点で指導的立場にある青山青葉あおやまあおばバレエ団のゲストダンサーたちが真理子の前では生徒のように見える。

 それは気のせいではないようだ。


 その後、ディベルティスマンのダンサーたちの踊りを美織みおり古都ことが一つ一つチェックし直す。園香そのか恵人けいとの動きをとおるがチェックする。


 キャンディの子供たちの動きと振りを美織みおりがチェックする。

 さすがにまだ振りは入っていないが、そんな子供たちも動きと『花のワルツ』の全体の流れはわかったようだ。

 美織みおりがやさしく、

「わかったかな?」

と聞くと元気よく手をあげて、

「はーい」「はーい」

と大きく返事をする。微笑んで頷く美織みおりとおるの方に大丈夫という表情で頷く。


「本当?」

驚くとおる。そのとおるの言葉にも子供たちは元気に、

「はーい」「はーい」

とニコニコしながら手をあげて応える。

「すごいなあ。お兄さんはまだもう少しかな。君たちももう少し練習してて」

「はーい」「はーい」

とまた、元気よく手をあげて応える。

 笑顔で頷くとおる。もう一度ディベルティスマンのダンサーの全体の流れをチェックする。

 古都こと美織みおりはワルツ組の振りをもう一度最初からチェックする。なによりもこの振りは人数が全幕通して一番多い。

『雪の場』ほどの複雑さとスピードはないまでも、やはり構成の複雑さと舞台上での流れの難しさはある。全員で流れを確認する。


 周りで見ている真理子と青葉あおばも気付いたところはすぐに手直しをしていく。とおるげん古都こと美織みおりに目配せする。頷くげん古都こと美織みおり

 とおるが真理子と青葉あおばに一度曲で通しますと言う。真理子と青葉あおばが頷く。真理子がデッキの方に行き曲の準備をする。


真理子がみんなに声を掛ける。

「じゃあ始めましょう」


『花のワルツ』の曲が流れ始める。

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