第373話 ホールリハーサル前日のリハーサルを終えて(二)

 松野静香まつのしずかがすみれたちと話しているのを園香そのかそばで聞いていた。

ゆいちゃんって子。凄いわね。あなたたちが気にしているだけのことはあるわ」

「ええ」

「もちろん、まだ小さいから、細かい部分はまだまだだけど、あの年できちんとバレエのポジションを意識して踊ろうとしてる。青山青葉あおやまあおばバレエ学校のキッズにもなかなかいないわよ。バーレッスンとかセンターレッスンまでは意識できてる子も、踊りになると、なかなか……その点、ゆいちゃんはきちんとポジションを意識して踊っている。腕の動きやポジションも意識できてるから、姿勢や目線が他の子と違うのよ。自然にバレエの形になってる。思った以上に凄い子ね」

「はい。そうそう、あそこにいるのがお母さんです」

 すみれが視線を向けて微笑む。

「ふうん。お父様は見学に来られたことがある?」

 松野が聞く。

 園香は会話を聞いていて、松野が気にしているのは、ゆいの家庭がバレエに熱心な家庭かどうか、それを確認しているのか、と思っていた。

 松野の問い掛けに美織みおりが笑顔で答える。

「何度か来られたことがあります。背が高くてスッとした方ですよ」

 松野が唯を見て呟くように言う。

「ふうん。唯ちゃんは、将来、背も伸びて、太らない感じ……それで関節や足の条件は秀でている……音感も凄い……すみれさん、美織さん、あなたたち、神様に試されてるわね」

 園香は驚いた。唯の両親の事を聞いたのは、家庭が協力的かという事ではなく、将来、唯がどう成長するかを確認するためだったのかと……それで、ふと思い出した。

 東京の青山青葉バレエ団の三階に、初めて唯と唯のお母さんが見学に来た時のことだ。

 その時、すみれは唯の足、体の条件を見た後、お母さんに目を移した。緊張して立つお母さんの姿を、頭のてっぺんから足のつま先まで見渡すように見た。

 そばにいた園香は、その時は、すみれが、ただ、この人が唯のお母さんかと思って見ただけかと思った。


 今の松野とすみれ、美織の会話で分かった。

 唯のお母さんを見て、唯の将来の姿を確認したのだ。身長が伸びるかどうか、太りやすい体質かどうか。

 名門バレエ団、バレエ学校でたくさんの生徒を見てきた松野やすみれだ。その子自身と両親の姿を少し見ただけで、その子が将来、成長した時の姿をそこそこ想像できる。

 唯は合格なのだ。松野とすみれ、美織の目から見て、もうこの時点でバレリーナとしての資質が認められたということなのだ。


 驚いた様に三人の会話を聞いていた園香に松野が微笑んで、

「でもね、私たちみたいに長くバレエをやっていると、いろんな子を見るの。条件の恵まれた子は自分の可能性を試したいのか、いつの間にかバレエ以外の別の世界に行ってしまったりする。長くずっと続けて素晴らしいバレリーナになるのは、意外に、条件に恵まれてなくて、それでもバレエが大好きで努力し続ける、そういう子が長く続けて最後に残る。条件に恵まれていなくても、それを克服して安定したプリンシパルになるの。美織も、古都ことも、あっちにいる他のプリンシパルたちもね」

「え、美織さんと古都さんが」

 松野と美織が頷く。園香は佐由美や康子たちの方を見て、もう一度、松野を見ると、また、松野は微笑んで頷いた。園香も微笑んで、

「私も頑張ります」

 と言う。何かすごく勇気づけられた気がした。そんな会話をする中で、ふと思い出したように園香が口にした。

「あ、でも、じゃあ、すみれさんは」

 松野が笑いながら、

「規格外っていうのは、いつの時代にも、どの世界にもいるのよ。すみれとか……あと、もう一人いたかな」

「あ、純華じゅんかさんっていう方?」

 園香が聞くと、静かに頷く松野と美織。

 すみれが言葉を制する様に言う。

「そんな、私なんか……規格外なんて……規格外っていうのは純華じゅんかさんと……」

 すみれが花村真理子の方に視線を向けた。

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