第8話 初めてのレッスン 1

 北村と奈々が稽古場に上がってきた。

「あ、北村先生」

 秋山に頷きながら、北村も三人に丁寧に挨拶した。

「ここでバレエを教えている北村といいます。ちょっとこちらも戸惑ってしまって失礼しました」

「いえ、そんな何も失礼なんて」

瑞希みずきが微笑む。

「入会ということでいいですか?」

 頷く三人。秋山と北村が入会の手続きを済ませた。三人とも入会金も準備して来ていた。

「えっ……と、次のレッスンを受けられるんですか?」

「できれば……」

 北村が秋山の方を見る。秋山が目を丸くして北村に何か言いたげな表情をした。北村が三人を更衣室に案内した。

 更衣室の方から北村が帰ってきた。走り寄る秋山。

「北村先生。レッスン私がするんですか?」

「え、次のレッスンは秋山先生でしょ」

「世界的なプリンシパルに私がレッスン?」

「頼んでみようか? レッスン?」

「そうしてください」

 三人を前に自分がレッスンをするなど恐れ多いと言う。しかし一方でいきなり来たばかりの、しかもこれだけ有名なダンサーにレッスンをお願いするというのは失礼なのではないかという思いがした。


 手元にある入会用紙を見る。キャップ帽の瑞希みずきは書きなぐるように『河合瑞希かわいみずき』と書いてある。

 サラッと綺麗に書かれた『久宝優一くぼうゆういち』の名前。

 そして丁寧に書いているようだが、自分の名前なのに、まるで利き手ではない方の手で書いたような『京野美織きょうのみおり』の名前。

 更衣室から出て来た瑞希みずきが入会用紙を覗き込む。


美織みおりさん相変わらず『字』ヘタ」

「ひどーい。優一。瑞希みずきが私の『字』が上手じゃないっていうんだよ」

「『上手じゃない』じゃなくて『ヘタ』って言ってるでしょ」

瑞希は北村の方に振り返り、

「今日は体験レッスンになるんですか?」

「ええ、今日は無料で」

「え、レッスン料タダですか?」

「ええ」

「やった!」

微笑む瑞希。

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