第64話 くるみ割り人形 第二幕(八)花のワルツから

『花のワルツ』から最後まで

 とおるがみんなにもう一度説明する。

「この作品の前はキッズクラスの『キャンディボンボン』です。キャンディのみんなは踊り終わったら舞台のそででそのまま待っていてください。出番の前に合図をしますので、その合図で舞台に出てきて踊ります」

「はーい」「はーい」

元気に手をあげて返事をする。頷く徹。

「ダブルキャストで二人で一つのパートを踊るところがあると思いますので二回通します。一回目のあと少し休憩をしてすぐ二回目をいきますので、続いて踊る人は疲れるかもしれませんが、頑張ってくださいね」

全員の返事が稽古場に響く。


「それじゃあ始めましょう」

 徹がデッキについている北村の方に音楽の出す合図をする。

 ダンサーたち全員が集中する。稽古場の前で見ている恵那えな彩弥さや、衣装の由香たちスタッフからも緊張感を感じる。見学席で見ている大勢のお母さんたちも息を呑む。

 北村が曲をかける。


『花のワルツ』


 オーボエ、クラリネット、ファゴットで奏でられるやわらかな管楽器の音色、続いて美しいハープの奏でる音色でワルツ組のダンサーが舞台に出てくる。

 ホルンが主題を奏で踊り始める。最初のワルツ組のダンサーが踊る。最初の曲の盛り上がりはワルツ組のダンサーたちが気品あふれる踊りを男女一組のペアで見せる。このペアで二回目の曲の盛り上がりの前まで踊る。

 二回目の曲の盛り上がりから美織みおりともう一人追加される青山青葉あおやまあおばバレエのダンサーと瑞希みずき古都こと、北村、秋山たちで踊られるテクニックを見せる踊り。

 そして、スペインの踊りやアラビアの踊りなどを踊ったディベルティスマンのダンサーたちの踊り。ディベルティスマンのダンサーたちは、それぞれの個性を入れた振り付けだ。

 最後はキャンディの子供たち、金平糖の精の園香そのか、王子の恵人けいとも入り全員でポーズ『花のワルツ』は終わる。


 そして、金平糖の精の園香そのかと王子の恵人けいとが二人で踊るグラン・パ・ド・ドゥ。


 その後。全員で踊る『終曲しゅうきょくのワルツ』華やかなお菓子の国の踊りが繰り広げられる。すべての出演者でフィナーレを飾った後、舞台は暗転あんてん……


 やさしい曲に変わる第二幕の最初に流れた曲とともに再び舞台はシュタールバウムの屋敷の大広間に……あたたかい朝日が差し込む部屋でクララ・由奈ゆなが目を覚ます。

 夢だったのか、幻だったのか……壮大な曲の中で、一人、クララは『くるみ割り人形』をやさしく抱きしめ幕が下りる。


◇◇◇◇◇◇


 大きなミスやダンサー同士がぶつかったりするようなトラブルもなく『花のワルツ』からフィナーレまで通った。

 青葉あおばと真理子がいくつかダメ出しをしたが、今日のところは細かい指摘はなく、また、これから練習を重ねていくうちに手直ししていくという。


◇◇◇◇◇◇


 見学席で見ていたお母さんたちも、今回のバレエ『くるみ割り人形』の大まかな流れがわかった。繊細で完成度の高いストーリー構成。


 愛し合う若者同士がみんなに祝福されて結婚するとか、なにか悪役的なものからヒロインを助けるというものでもない。

 舞台は現代ではないにしろ、現実の世界からいつの間にか夢か魔法か空想的な世界に巻き込まれ、お菓子の国という世界で王子様との楽しい時間を過ごす。そして、気が付くと現実の世界で目覚める。

 クラシックバレエ作品の中でも最もファンタジー要素の高い作品だ。


 ストーリーはクリスマスという世界中の人に共通認識がある日の設定で、舞台もその時期に公演される。

 まったく別世界、季節感もあまり感じられない馴染みのない世界で繰り広げられる物語ではない。


 世間はクリスマスという時期に劇場に足を運んでくれるお客さんたち。そのお客さんたちの現実に近いところから舞台の世界が広がる。

 現実の世界と夢の世界が結びつき、いつしか見る者をその世界に引き込んでくれる。


◇◇◇◇◇◇


 少しの休憩のあと、第二幕のディベルティスマン。スペインの踊りからあし笛までを振り付ける。ここはその踊りの出演者に個別に振りを指導していく。振り付けはとおる古都ことが振り付けていく。

 それ以外の者は美織みおり瑞希みずきが見ながら『花のワルツ』と『終曲しゅうきょくのワルツ』を復習する。

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