第242話 九月『くるみ割り人形』の前にある物語

 とおるが出演者たちに話す。

「ピルリパート姫とねずみのマウゼリンクス夫人。ねずみの王様になるマウゼリンクス夫人の息子。宮廷の時計職人ドロッセルマイヤー、その息子の若いドロッセルマイヤー……どうして、ドロッセルマイヤーが『くるみ割り人形』を持っていたか、どうして『くるみ割り人形』の魔法が解けて王子になったか……というところの話です。これは王子がクララをお菓子の国に案内している時にクララに話すお話です」


 全員が興味深く耳を傾けるが、とおるが少し申し訳なさそうに、


「これは、今ここで話していると長くなるので、この後のリハーサルの前に、少しお話を短くした形でナレーションしますね。また、リハーサルの後、時間があったらお話します。時間が取れなかったら、真理子先生や、すみれ先生、美織みおり先生から教えてもらってください」

 すみれと美織みおりが、ゆいや真由、キッズクラスの生徒たちに優しく微笑む。ゆいと真由は少し残念そうな顔をしたが、すみれと美織に微笑む。


◇◇◇◇◇◇


「この第一幕のナレーションの終わりに、ドロッセルマイヤーが子どもたちへのプレゼントを用意している様子を演じる。プレゼントの中に『くるみ割り人形』を入れ、クリスマスパーティー、シュタールバウムの屋敷に向かいます」


 そう言ってとおるがドロッセルマイヤーを演じる優一を見る。優一が頷く。


「そして、舞台ではシュタールバウムの屋敷に向かう家族たちが登場する……一番目はゆいちゃんの家族だね。そして、二番目は真由ちゃん……四組の家族が通り過ぎた後、最後に、ドロッセルマイヤーが登場し、屋敷に向かって行きます」


 ゆいと真由が頷く。


「このときは、まだ、舞台中央を幕で仕切り、舞台の半分から後ろは見えていません。仕切りの幕は照明の効果を使って、雪が降っている情景を映し出します」


 出演者やお母さんたち全員が状況を想像して頷く。


「仕切り幕の後ろはシュタールバウムの屋敷の大広間のセットとシュタールバウム家の人や客人役の出演者、クララやフリッツが準備しています。そして、仕切りの幕が上がったところで、舞台はクリスマスパーティーの大広間の場になります。唯ちゃんや真由ちゃんたち四組の家族、ドロッセルマイヤーも入ってきて、僕が演じるシュタールバウムと、あやめ先生が演じるシュタールバウムの奥様が挨拶をしてクリスマスパーティーが始まります」


 全員が頷く。


「それでは、第一幕のリハーサルを始めましょう」


 とおるの言葉で、全員が最初、自分が舞台に出る舞台袖ぶたいそで、舞台上の自分の位置に付いた。ドロッセルマイヤー役の優一が舞台の中央、自分の家のシーンのための場所に付く。

 ゆいや真由は舞台の下前しもまえ(客席から見て左手の前)の舞台袖ぶたいそでに付く。舞台の中央に仕切り幕があると仮定して、その後ろにはクリスマスパーティーに招かれた客人役の出演者、小学生から大人クラスのダンサーが準備する。


 衣装係の由香と一花いちかが二人ともストップウォッチを手に、いつもの丈の短いショートエプロンを腰に巻いている。衣装やティアラ、頭飾りに、どんなトラブルがあってもすぐに手直しができるように準備している。


 全員が最初の自分の位置に付いた。

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