第146話 バレエ『白鳥の湖』公演を終えて

 すみれが花村バレエの真理子たちと話をしているのを見て、園香そのかは開演前に耳にした女性たちの話を思い出した。


「そうだ。真美ちゃん」

「あ、そうそう、そのちゃん、なんか話あるって言ってたの、すみれさんのこと?」

「そうそう、聞こえてた? 近くの客席で話してたお客さんの話」

「うん」

 二人が話しているのを聞いて、ゆいのお母さんも話に入ってきた。

「あ、唯ちゃんのお母さんも聞いてました? 近くに座っていたお客さんの話、その……すみれさんが花村バレエに来るかもしれないっていう話」

 唯のお母さんが頷く。

 唯のお母さんが園香と真美に、ここだけの話といって話してくれた。

「実は今日の朝、すみれさんとお話させて頂いたとき、すみれさんから直接聞いたんです。ここを退団して花村バレエに来るって」

「あ、あの時」

 そう言えば、朝、唯のお母さんがすみれと二人で話をしていたのを思い出した。あの時、彼女が驚いたのはその話だったのかと納得した。


 園香も真美もなんだか嬉しくなってきた。園香は今までも花村バレエでレッスンを受けるのは楽しかったが、ここにきて、いきなり想像もできないようなことがたくさん起こり始めた。


 園香は、ふと青山青葉あおやまあおばバレエはどうなんだろうとも思ったが、ここには古都ことがいる、げんがいる、他にもレベルの高いダンサーがたくさんいる。今回の公演にしても、既に美織みおり、優一、瑞希みずきがいない状況の中で、すみれも主役をしない形で『白鳥の湖』という大作を演じてしまう。

 今回脱退するメンバーは、このバレエ団の主要なダンサーだ。しかし、彼女たちが抜けても、今日の公演を見せられたら観客もバレエ関係者もまったく不安を感じない。そうなのだ、古都ことがイギリスに行ったときも、まったく不安を感じさせなかった。ここのバレエ団には常に最高レベルのダンサーがたくさんいる。


 その後、花村バレエのダンサーたちも少し古都こと恵人けいとと話をした。佐和と彼女の妹たちも古都や恵人と話ができて嬉しそうだった。

 園香と真美は瑞希みずきに呼び止められて、そのまま夜公演の手伝いをすることになった。他の皆は劇場を後にした。

 園香たちは次の日も裏方の手伝いと称して、実際は言われた通り舞台裏見学のような時間を過ごしたが、そこで衣装スタッフの由香やダンサーたちのプロの世界を肌で感じることができたのは貴重な体験だった。

 結局、唯と唯のお母さんも舞台スタッフとして付き合うことが許され、公演が終わる頃には唯もすっかりロットバルトのげんと仲良くなっていた。


 二日目の夜公演の最後には舞台ですみれの退団を公表し、満場の観客の拍手の中、舞台で青葉あおばから花束が贈られた。すみれも知らなかったようで涙の花束贈呈となった。これには団員、スタッフのみならず観客も舞台袖ぶたいそでにいた園香たちも、もらい泣きをした。唯もわからないながら一緒に泣いていた。


 そうして青山青葉あおやまあおばバレエ団公演『白鳥の湖』は幕を閉じた。

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