第213話 午後のリハーサル

 午後のリハーサルは瑞希みずき寿恵としえが入り『雪の場』から始まる。小学生高学年から高校生、そして、大人クラス、北村と秋山も入る。この踊りには理央りおも入ることになっている。

 理央りおはこの踊りの中では最年少だ。少し自信なさそうにしている理央に瑞希が声を掛ける。

「理央ちゃん、まだ、あんまり練習ができてないのよね」

 自信なさそうに頷く理央に、大丈夫と勇気づける様に優しい表情で瑞希が微笑む。そして、瑞希がすみれにそのことを伝える。

 この振りは佐和と理央が遅れていることもあるが、大人クラスの生徒の中にも振りに自信のない生徒が少なからずいる。中学生や高校生など上手に踊れている生徒もいるが、人数が多い分、個々のダンサーの踊りに差が出てくる。

 様々なクラスのダンサーを出演させる『雪の場』『花のワルツ』『終曲のワルツ』は瑞希と寿恵も表情にこそ出さないが、全員をそろえるのに苦労している様子が窺える。


 踊りの技術が一定基準に達した者だけが入団を許され集められたバレエ団のコールド(群舞)とは訳が違う。コンクール経験者から、まだトゥシューズを履き始めて間もない生徒、趣味としてバレエを嗜んでいる大人クラスのレッスン生までレベルが幅広い。

 これまで練習時間は取ってきたが、やはり第二幕の『中国の踊り』や『トレパック』『あし笛』などディベルティスマンに比べると、まだ今の時点では完成度がかなり低い。瑞希が通しまでに少し時間が欲しいという。


 それを聞いたすみれが「振りをさらうの手伝う」と言ってくれた。周りで見ていた康子、佐由美、麗子、そして、二人のあやも入って全員の振りを一人一人丁寧に見ていく。フォーメーションの確認もする。不安な人には全体の動き、流れを優しく教えていく。


 すみれが千春や大人クラスのダンサーに優しく教える。振りの細かいところ、移動の動線、周りのダンサーを気にして余計に不安になる千春や大人のダンサーに対し「自信を持って踊ればいい」と微笑みながら話しかける。

 最初は、すみれに教えられることにかしこまっていた千春たちも段々リラックスして指導を受ける様になっていった。いろいろなことを千春たちの方から聞きながら練習している。すみれのレベルを考えたら、聞くのも失礼なほど、どうでもいいような質問や基本的な踊りの技術などでも優しく丁寧に教えてくれる。稽古の最中に笑い声も聞こえてくるほど、大人クラスの人達は和気藹々わきあいあいとした中で踊りを合わせていく。


 中学生、高校生は佐由美、麗子が指導に付く。コンクール経験もある彼女たちには、程よい厳しさと青山青葉あおやまあおばバレエ団のコールド(群舞)のレベルの高い指導を感じさせる教え方が緊張感と意欲を高める。真剣な眼差しで二人の指導を聞きながら踊りを確認していく中学生、高校生。

 この年齢でバレエを続けている生徒は一定のレベルに達している場合が多い。中学生や高校生は、ある程度レベルに統一感がある。


 佐和は少し振りが遅れているというが、佐由美や玲子の目から見ても、それを感じさせないほど基本がしっかりしている。彼女のレベルについては、佐由美と麗子も、佐和が青山青葉あおやまあおばバレエ学校に稽古に来たときレッスンを見て分かっていた。


 小学生には康子と二人のあやが付く。小学生は中学生、高校生の生徒に比べ、レベルが様々だ。既にコンクールの出場経験がある子もいれば、まだバレエ経験が少ない生徒もいる。

 そして、何より小学四年生で、この踊りの中で最年少の理央りおに至っては、中学生や高校生と比べると子どもに見える。大人クラスの千春と並ぶと見た目も実年齢も親子ほど違う。

 しかし、真剣な表情で練習に励む理央はバレエの基礎的な部分は、まったく申し分がない。康子や二人のあやの目からも、練習が他の生徒より遅れているという彼女自身の不安を取り除いてあげれば、すぐに他の生徒以上の踊りが踊れると感じられた。


 全体の流れを瑞希と寿恵が見て細かいところをサポートしていく。気が付くと個々のレベルには差があるものの全体として統一感が出てきた。

 真理子や青葉あおばとおるばかりでなく、見学席のお母さんたち周りの目からも、このわずかな時間で振りがまとまってきたのがはっきり分かった。

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