第212話 すみれから理央へのプレゼント

 午後のリハーサル前に生徒たちは各々おのおのストレッチなど準備を始める。理央りおが稽古場の隅で一人ストレッチをしている。

 理央りおの前に、すみれがやって来た。すみれは理央の前にしゃがむ様にして目線を合わせる。理央が緊張しているのが分かる。恐る恐る、すみれの方に目線を向ける理央。彼女にしてみると、今までレッスン以外で、すみれがこれほど近くに来ることなどなかった。小学生の理央でも、すみれがどういう人かわかっている。

 近くにいた小学生や中学生も、すみれが近くに来て、どこかそわそわしたり、どきどきしたり落ち着かない。


「理央ちゃん」

「は、はい」

「いつも、頑張ってるね」

「い、いえ」

「理央ちゃん『くるみ』の他にも、まだ、踊り覚えられる?」

「え?」

「大丈夫よね」

 何を言われているのか理解できない理央。周りにいた生徒も理央とすみれが何を話しているのか意識を集中しているのがわかった。


「ちょっといいかな」

 すみれが理央を少し離れたところで一緒にストレッチをしようと促す。緊張で言われるままに、すみれに付いて行く理央。すみれがストレッチをするときの注意点などをアドバイスする。

「今度、文化イベントがあるの、理央ちゃんも知ってるわよね」

「は、はい。お姉ちゃんと真由が出るって言ってました。お姉ちゃんは『あし笛』で真由が『キャンディ』って、私、見に行くつもりです」

「理央ちゃん、今から一曲覚えられる? 覚えられるように、私が振り付けるから」

「え、私も踊らせてもらえるんですか?」

 頷くすみれに、理央の表情が見る見るうちに笑顔になる。すみれが理央の肩をポンと叩いて微笑む。

「頑張れるね」

「はい」

 すみれが理央に目線を向けて静かに言う。

「理央ちゃんに『ドン・キホーテ』のキューピッドのヴァリエーションを踊ってもらいます」

「はい」

 理央が満面の笑みで頷く。

 すみれが近くにいた青山青葉あおやまあおばバレエの衣装係である由香に声を掛ける。

「由香、お願いがあるの。来週までに、この子にキューピッドの衣装」

「ええ……突然ね」

「この子『ドン・キホーテ』のキューピッドを近々ちかぢかある文化イベントで踊るから」

 由香が理央のところにやって来て、首に掛けていたメジャーで採寸する。すぐに青山青葉あおやまあおばバレエ団の衣装スタッフに電話を掛ける。

「キューピッド……白のジョーゼット……金色のくるくるのかつら……花飾り……小学生……うん。大至急お願い……来週。お願い」

 何か必要なサイズを伝えていた。

「え?」

 電話の向こうのスタッフから由香に問い合わせがあったようで、由香が、ふと、すみれの方に向き、

「すみれ、この衣装は……」

「買い取る。私からこの子にプレゼントよ」

 その後、一言、二言、由香がバレエ団の衣装係と話して電話を終えた。


「大丈夫そう?」

 すみれが由香に聞く。

「……大丈夫よ」

 由香がすみれを少し睨むようにして微笑む。そして、理央に、

「頑張ってね」

 と言って、もう一度、すみれに、

「貸しができたわね」

「ミックスジュースおごるわ」

「ありがとう」

 由香が微笑みながら青葉あおばたちの方に歩いて行く。


 すみれが微笑み、

「頑張ろうね」

 と、理央の肩を軽く叩き、美織みおりたちの方に歩いて行った。

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