第133話 バレエ『白鳥の湖』音楽とバレエ

 バレエ『白鳥の湖』の曲。最初にこの作品の有名な曲が流れるのは、舞台の幕が上がる前、客席の照明が落ちたところで劇場に曲だけが流れ始める。

 モデラート・アッサイ。イタリア語で『モデラート』は『中くらいの速さで』という曲のテンポを表し『アッサイ』は『非常に、とても』という言葉である。そのまま訳すと『とても中くらいの速さで』と、どこかおかしな日本語になるが、これは『中くらいの速さを強く意識して』という意味である。


 この曲は誰もが『白鳥の湖』として聞いたことのある曲である。第二幕の始まりにも流れるこの曲を第二幕を紹介する際 ~ここで誰もが聞いたことのある『白鳥の湖』の曲が流れる~ と説明した。

 バレエ『白鳥の湖』(全幕)作品の中で、この有名な曲は、第一幕の幕が上がる前、第一幕の最後に王子が飛んで行く白鳥を見る場面。第二幕の最初、そして、最後は第四幕、物語の最後に壮大で劇的な表現で演奏される。最後にオデットとジークフリートが悪魔ロットバルト戦う場面である。

 第二幕の最初の情景を ~ここで誰もが知っている『白鳥の湖』~ と表現したのは、ここの曲は弦楽器のトレモロとハープのアルペジオから、オーボエによる『白鳥の湖』の主題という最も神聖で幻想的な演奏がなされる。そして、湖の場面、この作品で最初に白鳥たちが出てくる。まさに『白鳥の湖』の場面なのである。


 チャイコフスキーの三大バレエ作品『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』の中の最初の作品である『白鳥の湖』はバレエ音楽として圧倒的な人気がある作品だ。

 だが、バレエ作品の初演当初から人気を博したものではなかったといわれている。チャイコフスキー自身もバレエ音楽に対して自信を無くしたほどの酷評だったそうだ。

 しかし、これには、この作品の音楽としての問題より、当時のバレエを取り巻く環境や、その時代背景に理由があったように思われる。

 この頃までのバレエは比較的単調な曲で女性が優雅に踊る、その美しさが重視されていたようだ。

 バレエ音楽は踊りを見せるために存在するものという要素が強かった。


 そこに出てきた『白鳥の湖』は今までのバレエ音楽と一線を画した。


 旋律の美しさ。聴く者の心に響く哀愁を帯びたやさしいメロディー。人間の感情を巧みに表現した心情描写の詩的な表現。民族舞踊の要素。宮廷音楽の豪華絢爛な世界。

 そして、最後は現代の映画やミュージカルを思わせる劇的、感動的なクライマックス。

 この作品は『音楽』で、その世界に引き込む要素が巧みに散りばめられている。この作品ばかりではなく『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』も現代のドラマや映画の中で流れても通用するドラマ性を持っている。物語の敵役キャラクターたちが登場する場面、主人公と敵役キャラクターの戦う場面の劇的な曲の展開は、これまでのバレエ音楽にはなかった要素ではないかと思われる。


 これらの要素を含むバレエ音楽『白鳥の湖』に当時の観客が付いて来れなかったということもあったようだ。優雅にポーズを取るような振り付けで軽い曲が流れるのがバレエ音楽という感があったものから、あらゆるものを飛び越えて完成した名作だったのではないかという気がする。


 そして、この作品は時代を超えて、あらゆる演出家、振付家、ダンサーが演出を繰り返す中で傑作といわれる作品に仕上がっていったと思われる。

 踊りの面でも、主役が作品の終盤で踊るグラン・パ・ド・ドゥの形式。ソリストが踊る『白鳥の湖』の『パ・ド・トロワ』や『眠れる森の美女』の『青い鳥とフロリナ王女のパ・ド・ドゥ』そして『くるみ割り人形』の『あし笛の踊り』など主役に次ぐダンスール・ノーブルの踊り、ディベルティスマン、グラン・ワルツ、コール・ド・バレエの見せ場など、チャイコフスキー三大バレエはクラシックバレエの一つの完成系ではないかという気がする。


――――――

〇ダンスール・ノーブル

 王女、王子など気品ある役柄の踊り。これに対し作品上、民族的な要素を含む踊りをキャラクター・ダンス(ダンス・キャラクテール)という。

『白鳥の湖』の『道化』や『くるみ割り人形』の一幕の『ハレルキン』『コロンビーヌ』『ムーア人』の三体の人形の踊り『ラ・バヤデール』の『ブロンズの像の踊り』はキャラクターダンスとも少し違うようだ。

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