第94話 青山青葉バレエ団 三階プリンシパル

 階段を上がって三階。ここまでの階と何か違う。園香そのかはそれを肌で感じた。


なんだろう?


 思わず無意識に瑞希みずきとの距離を縮める様に、すぐ後ろを歩いた。

「ん? どうしたの」

 瑞希が不思議そうな顔で園香を見る。

「え? ええ、なんかこの階、今までの階と違うみたいですね」

「そう? なにかいる感じ?」

「い、いえ……」


 園香は少し周りを見回すようにして

「いえ、でも、なんだか、すごく静かですね」

 瑞希が微笑む。

「ここでは空気の精たちも息をひそめるのかしら」

「え?」

「空気の精、シルフィードたちもバレエのプリンシパルがどういうものか……わかってるのかな」

 微笑む瑞希。

 稽古場の扉を開ける。その瞬間、今まで水を打ったように静かだった廊下に音楽が響いた。


 一歩部屋に入って、丁寧にお辞儀をする瑞希。園香もそれを真似まねる様にお辞儀をして、顔を上げた。

 その瞬間、


「あ……」

 園香は言葉を失った。


 稽古場の中央では白鳥オデットの九条古都くじょうこととジークフリート王子の河合恵人かわいけいとが第二幕のパ・ド・ドゥ、グラン・アダージオを踊っていた。


 稽古場の正面の椅子に花村真理子。

 真理子を中心に、その隣に青山青葉あおやまあおば、すみれ……

 その周りに美織みおり、優一、とおるげん、そしてバレエ雑誌で見たことのある数人のプリンシパル、バレエミストレスたちが壁際に立って見ている。

 さらに、美織の隣にはアニエス・ルエル、ローラン・ディディエ。マニュエル・ラクロワ、デイビッド・ロレンス……とオペラ座やロイヤルバレエの錚々そうそうたるプリンシパルたちが壁際のバーにもたれるようにして二人の踊りを見ている。

 その中に花村あやめの姿もあった。


 その隣、部屋の一隅ひとすみに十数人はいる弦楽器、管楽器、ハープも、フルオーケストラではないにしろ、ほぼすべての楽器がそろっているのではないかと思われた。恵那えなの指揮のもとでオーケストラの生演奏で曲が奏でられていた。

 先程、下で会った久木田華くきたはなという女性の第一バイオリンとハープの音色で踊り始めるグラン・アダージオ。

 花村バレエにも来ていた青柳彩弥あおやぎさやの姿もある。花村バレエではピアノを弾いてくれたが、今はバイオリンを弾いている。これが彼女の本当の姿なのだと園香はその音色の美しさに鳥肌が立った。フルートの有澤美空ありさわみそらの姿もある。


 本番では周りをコールド(群舞)のバレリーナに囲まれ、その中央で主役の二人が踊る。

 バレエ・ブラン(白のバレエ)と呼ばれるバレエ『白鳥の湖』の中で最も美しい場面だ。


 あまりの光景に、そばで見ている園香まで震えるほど緊張してしまう。

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