第268話 練習のあとにバレエ団の人たちと(二)

 恵人けいと園香そのかと真美に向いて言う。

「まあ、真美ちゃんは、そんな風に言うけど、すみれさんとか美織みおりさんからは、たぶん、これから、さらに園香ちゃんを高いところへ持っていくための指導が始まると思うよ」

 園香が恵人の言葉に驚いて、

「え、どんどん厳しくなるってことですか?」

「まあ、そうだね。あの二人には、見えているものが違うから」

「え?」

「ん? ああ、なんていうか、僕なんかのレベルで『できた』って思っても、あの二人には見えてるものが違ったり、聞こえてる曲が違ったりするってことだよ」

「へえ、恵人君のレベルでも、すみれさんとか美織さんって、全然違うんだ」

 園香が驚いた表情で言うと、大峰彩おおみねあやが笑いながら、

「違う違う、全然違うわよ。あの二人は、私たちが言うのもなんだけど、恵人どころか、瑞希みずきとも全然レベルが違うよ」

「へえ、瑞希さんも?」

 驚く園香に、川村彩かわむらあやが続ける、

「だって、瑞希は美織さんに習うために、ここに付いて来てるんでしょう。先生と生徒の差だよ。それに、すみれさんは、年は近いけど、その美織さんを育てた人だよ」

 大峰彩が付け足すように、

「そして、恵人は才能があると言っても、瑞希の弟だからね。私たちから見ても瑞希が上だよ」

「わかってるよ。瑞希ちゃんはねえ。あんな性格だけど、本当にすごいのは、僕が一番わかってるよ」

 恵人が溜息をつくように言う。横で聞いていた優一が笑いながら彩に言う。

「きっついなあ。そんなこと、改めて言わなくても。瑞希ちゃんはねえ。あの子の表現力は本当にすごいから」

「まあね。瑞希の真価は『雪』とか『花のワルツ』とかコールドで、その力を発揮するのよ。そういうと、もう既に何度もリハーサルで見ているというかもしれないけど、彼女の本当の力は……本番の日に皆がの当たりにするわよ」

 川村彩が微笑みながら頷く。


 真美が思い返すような顔で呟く、

「でも、話を戻すようやけど、さっきの恵人君が言ってた、すみれさんと美織さんは『見えてるもの』『聞こえてるもの』が違うって話わかる気がするな。私が習ってた美香先生も、そんなとこあったわ。なんていうか……こっちが『できた』って思っても『あんたはわかってない』みたいな」


 真美の話を聞きながら、恵人が思い出すように言う。

「あるでしょ。そういうの、僕が前に『レ・シルフィード』の『詩人』やったときなんか、もう終わりなきリハーサルだったよ」

「うわ、私、男やないけど、それ、すごくわかりやすいな」

 真美が恵人の言葉に賛同する。隣で聞いていた優一が笑いながら、

「あれは確かに、そこまで求めるかって感じだったな」

 と言うと、恵人が少し怒ったような表情で、

「助けて下さいよ」

 と言う。優一が笑いながら、

「いや、ああいうときは僕も勉強させてもらってるんだよ。なんていうか、すみれちゃん、時々、こっちに『優一、おまえはわかってんのか?』みたいな目線向けてくるんだよ。無言の圧みたいなやつ」


「わかる。わかる。気が付いてますよ」

「みんなわかってます『あ、これ、優一さんとげんさんにも言ってる』って」

 大峰彩おおみねあや川村彩かわむらあやが笑いながら言う。


「そうなんだよ。恵人のリハーサルが始まると僕とげんさんも気が休まらないよ」

 園香が優一に聞く。

「やっぱり、あれですか、恵人君がリハーサルするときは優一さんがお手本を見せたりするんですか?」

「ああ、もちろん、それもあるよ。それはそれで緊張するけど、ただ、昨日の恵人と園香ちゃんのグラン・パ・ド・ドゥのときにみたいに、すみれちゃんに男性の踊りを踊られてもプレッシャーだけどね」

 優一の言葉に合わせる様に恵人が、

「本当ですよ」

 というのに被せる様に優一が言う。

「あれはねえ。周りにいる男性陣にとっては『その後、どうしろって言うの』って感じだよ。園香ちゃんとか、真美ちゃん知らないと思うけど、すみれちゃんって男性のヴァリエーションも全部踊れるから」


「す、すごいですね」

 園香が驚く。

 優一が言う。

「すみれちゃんは女性だけど男性のヴァリエーションもることながら、いろいろな役、カラボスとかロットバルトとかの表現もすごいんだ。それを男性のげんさんが表現した時、まったく新しいカラボスが、ロットバルトができるんだ。妖艶というか神秘的というか……青山青葉あおやまあおばバレエ団が魅せる表現は、いろんな才能が混ざり合ってできてるんだね」


 話しが盛り上がる中で、園香は前から気になっていることがあった。


「すみれさんは、どうしてあんなすごい技術を」

 園香が二人の彩、優一や恵人に視線を向ける。


「私たちは、ねえ、もう既にすごい、すみれさんしか知らないから」

 二人の彩が顔を見合わせ、優一の方に視線を向ける。


「ああ、すみれちゃん」

 優一が皆の方に目を向ける。皆の視線が集まる。

 園香はずっと気になっていた。すみれが、どうして、あれほどすごい存在になったのだろう。もちろん、彼女の才能と努力もあるのだろう。しかし、それにしても圧倒的すぎる彼女の実力は、それだけでは理解が及ばない。

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