第20章 伝説が始まったとき すみれ

第267話 練習のあとにバレエ団の人たちと(一)

 その日も練習が終わって、みんなで喫茶店エトワールに行った。朝から始まったリハーサルが、気が付けば晩ご飯を食べるような時間になっている。しかし、考えてみれば、これほど密度の濃いスケジュールをこなして、この時間に終わっているというのもすごいと思った。

 ゲストダンサー、スタッフと一緒に花村バレエのバレエ教師や園香そのか、真美も、それに今日はゆいと唯のお母さん、それに佐和や理央りお、真由の家族も来ている。

 お店ではマスターと一緒に千春さんも料理を運んだり忙しそうにしている姿を見ると、今日一日リハーサルをした後なのにすごいと思った。


 園香と真美は恵人けいとと優一、大峰彩おおみねあや川村彩かわむらあや寿恵としえと一緒のテーブルに座った。

 園香の前に座った二人の女性。顔立ちのはっきりした綺麗な感じの大峰彩と、ふわっとしたやさしさを感じさせ、口元の小さなほくろが印象的な川村彩。

 東京の青山青葉あおやまあおばバレエ団でも会ったが、こうして改めて、近くで見ると二人とも綺麗な女性で、最初の印象以上にやわらかい雰囲気をもった女性だった。二人は瑞希みずきの同期で恵人や園香、真美からすると先輩ということになる。バレエ団の『白鳥の湖』の公演ではパ・ド・トロワを踊っていた二人だ。

 園香は瑞希や恵人の会話から『ダブル彩さん』という名前を聞いてから、ずっと気になっていた二人だった。青山青葉バレエ団でも何度か挨拶はしたが、初めて、この二人と話をする機会ができたことが嬉しかった。


◇◇◇◇◇◇


 そうは思いながらも、リハーサルの後だ。向こうの席で、すみれと美織みおりが、青葉あおばとおる、真理子、あやめという面々が一緒のテーブルで話をしているのが気になる。なにか楽しそうに笑いながら食事をしているが、一体何を話しているのだろう……

 リハーサル後の、すみれや美織たちの会話は、主役の園香にとっては直接関係のある内容であることが多い。


◇◇◇◇◇◇


 園香がそちらに目を向けて、真美に話し掛ける、

「なに話してるんだろう」

「え? ああ、すみれさんたち? さあな、今日のリハーサルのこと話してるんちゃう『真美ちゃんのスペイン、あれ、あかんで。やっぱり、奈々ちゃんだけでいくか』とか言うてんちゃうん」

「それはないよ」

「ああ、大阪弁じゃないか」

「いや、そこじゃないって」

 前にいた二人の彩が目を丸くして真美の喋りに注目している。

 真美がミックスジュースに口をつけ、園香を見ながら言う、

「……まあ、そのちゃんは、主役やからな、気になるわな」

「まあ」

「でも、全然、気にせんでも大丈夫やと思うで」

「え?」

「まあ、私は、あそこにいる先生たちじゃないから、なんとも言えんけど。でも、見てて、既にそのちゃんの踊りは観客に見せられるレベルにいってると思うで」

「ええ? そうかなあ」

そのちゃんて、ミスないよなあ。なんか『それ、あかんわ』みたいな、気になるミスとか、注意点がないなあ。それ感じるわ」

「そう……」

「これ、褒めてるわけでもないで。私も美香先生とこで後輩とか見ててな。それって悪くないんやけど、この、公演の三か月? 二か月くらい前の時点であんまり言うことないって言うのも、指導する側としては、逆にちょっと困るな。ダンサーが、すみれさんとか美織さんのレベルやったら別やで、完成してるバレリーナやから。そのちゃんは、まだ、伸びしろがあるやんか。この作品を踊る中で、もっと成長させなあかんねん」

「……」


 前で聞いていた川村彩が微笑みながら、

「さすが美香先生とこで鍛えられてた真美ちゃんね。指導者としての心得があるのね」

「あ、私も美香先生とこで、小さい子たちに教えたりしてたんです」

「あ、瑠々るるちゃん?」

 園香が横から言うと、

「いや、それは小さすぎるなあ。私がいた頃、瑠々るるは三歳くらいやったからな。まさに、ここのゆいちゃんと同じくらいで、まあ、瑠々るるの遊び相手はしてたけどな。私が美香先生に怒られてたら、瑠々るるが『真美ちゃん。一緒に踊ったろか』って、なんで三歳の瑠々るるが上からくんねんって思ったわ。唯ちゃんと大違いや。唯ちゃんはかわいいな」

「瑠々ちゃんらしいわね」

 園香が笑って言う。聞いていた二人の彩も、

「あ、瑠々るるちゃんって子のこと、恵人から聞いたわ。すごい子がいるんだってね」

 と二人の彩が笑う。隣にいた恵人が頷く。


「そうなんです。大阪って、すごいって思いました」

 園香の言葉に、真美が慌てて、

「いやいや、あれが普通じゃないって」

 と言葉を添える。

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