第105話 青山青葉バレエ団 唯と唯ママ~緊張

 次の朝、その日も園香そのか瑞希みずき恵人けいと、真美とバレエ団に向かった。朝九時半に着くとバレエ団の建物の前にはゆいゆいのお母さんの姿があった。

 ちょうど、そこに美織みおりと優一もやって来た。


「おはようございます。早いですね」

 美織が声を掛ける。園香や瑞希たちも挨拶を交わす。


 唯は元気いっぱいという感じだ。お母さんも見学させてもらえることが楽しみだという。


「待ちましたか?」

と聞く瑞希に、

「いえ、それほどでも……」

と応えるお母さん。


「おはよう唯ちゃん。今日は見学だね」

と微笑む園香に、

「お姉さんはお稽古するの?」

とニコニコしながら聞く唯。唯とお母さんも週末のバレエ団の公演を見に行く予定なのでリハーサルが見れて嬉しいと言う。


 瑞希たちが改めて建物を案内する。

 唯もお母さんも、まだ、ここに来て二日、一階の昨日の稽古場しか知らないという。


〇一階

 まず、入り口を入ってすぐの教室。団員や生徒たちが『大教室』と呼んでいる稽古場だ。ここにはすでに何十人もストレッチをして準備している団員がいた。美織たちが顔をのぞかせると全員から「おはようございます」という大きな声が響く。

 唯もお母さんも教室の広さと団員の数に圧倒さる。ここの扉はいつも解放されているが、外からチラッと眺めて前を通り過ぎるくらいで、中に入ってじっくり見たことはなかった。


 そして、階段があり、その向こうに、唯がこの二日間、練習をしていた教室。その隣にも同じ大きさの教室がある。その奥に大道具を置いてある部屋があった。


〇二階

 二階の階段の隣が第二リハーサル室。ここにも二十人近い団員がいる。美織たちの姿を見て一斉に挨拶の声が響く。

 そして、その奥に第一リハーサル室。ここがソリストたちのリハーサル室と言われるところだと説明してくれた。

 そこには花村バレエにゲストで来てくれる雪村希ゆきむらのぞみ月原静つきはらしずか栗原寿恵くりはらとしえの姿があった。三人は園香たちの姿に気付いてやって来た。唯と唯のお母さんに挨拶する。

 唯は三人を覚えているというようにニコニコ微笑んだ。

 寿恵が唯の頭を撫でながら、

「お稽古に来たの?」

と微笑む。元気よく頷く唯。

「でも、今日は見学なの」

と言う。みんなが微笑む。

 その二つのリハーサル室から見て、階段を挟んで反対側に、衣裳部屋が二つと小道具部屋がある。

 特に衣裳部屋は普通の学校の教室より大きい部屋が二つある。様々なチュチュや舞台衣装が並んでいる部屋とティアラや小物を保管してある部屋だ。これには唯も、お母さんも驚いた様子だった。


 衣裳部屋の奥から何か作業をしていた衣装係の由香が出て来た。

「あら、おはよう」

「おはようございます。由香さん早いですね」

 瑞希が少し驚いたように言う。


「今日、衣装付きリハでしょう。ちょっと準備してたの。それに、いつも、この時間には来てるわよ」

 由香が後ろにいる唯とお母さんに気が付いた。

「あら、おはよう。キャンディの唯ちゃんだっけ」

 微笑んで頷く唯。

「え、今、こっちに来てるんですか?」

 由香がお母さんに聞く。

「今日は見学させてもらえるんです」

 と応えるお母さんに、由香が驚いたような表情で言う、

「ええ! すごい。普段のお稽古の見学はさせてもらえるけど、なかなか公演のリハーサルは見せてもらえないんですよ」

 唯の頭を撫でながら微笑む由香。

「よかったねえ。あ、そうだ、もし後で時間があったら寄ってくれると嬉しいな。キャンディの衣装。できたのを、ちょっと着てもらえると嬉しいんだけど……見学が終わってからでいいから」


「行くの、お昼ぐらいになってもいいですか?」

横から瑞希が聞く。

「いいよ。たぶん今日は二幕のリハ、私も、ずっとついてるから、それ終わってからで……じゃあね。バイバイ」

そう言って忙しそうに行ってしまった。


〇三階

 三階。階段を上がって左側は、衣装スタッフと舞台美術スタッフの部屋、その奥にバレエ団の資料、舞台の映像や、バレエ音楽の音源となるCDなど、そして、歴代公演のパンフレットを保管した部屋がある。

 更にその上の四階は先生方の部屋や会議室、応接室があると説明してくれた。


 今、向かっているのは三階の階段の右側奥。


 何か階段の上り右に曲がった辺りから空気が違う様な雰囲気を感じた。

 唯もお母さんも、それを肌で感じたようで少し神妙な表情だった。

 この階段を上り右に曲がった時から、急に空気が静まり返ったかのように、周りの音がすべて消えた気がした。まるで、別の世界に足を踏み入れたような気がした。


 静かで大きな部屋がある。扉が他の部屋と違う。見たことのある扉だ。

 それは、この建物の入り口の扉と同じ扉だった。


「どうぞ」

 美織がその扉を開けてくれた。

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