第259話 由香と一花からの挑戦状 キャンディボンボンの衣装

 キッズクラスの生徒たちが踊るキャンディボンボン。

 この公演の演目の中で一番平均年齢が低い作品。一番小さな子どもたちで踊る作品だ。この中にジゴーニュおばさんとして美織みおりが入る。

 子どもたちが衣装を着て出番を待つ。


 今回の公演の衣装の中で、衣装係の由香が手掛けた傑作の一つともいえる美しい衣装だ。

 キッズクラスのお母さんたちには、公演出演者の中で一番小さな子どもたちの衣装ということで子ねずみの衣装の印象が心に強く残っていた。グレーの全身タイツの頭に耳を付けた可愛らしい子ねずみの衣装。

 この子ねずみの衣装は、お母さんたちも皆、ひいき目に見ても、今回の公演で一番可愛らしい衣装という思いがあった。

 この『キャンディボンボン』の衣装も作品柄さくひんがら、可愛らしさを前面に出したものになるだろうと思っていた。子どもらしい可愛らしさを引き立てる衣装になるのではと思っていた。


 しかし、出来上がった衣装は予想を遥かに超えてきた。気品すら感じさせるほどの美しいクラシックチュチュだ。いわゆるバレリーナの衣装だった。チュール素材で丸く広がったスカートは複雑な色合いで何層にも重ねられ照明の光の当たり具合でピンクから金色、銀色、時に青やオレンジ色にも見える。

 ボディの部分には遠目とおめではわからない繊細な刺繍が施され、美しいブレードやビーズで上品に仕上げられている。

 そして、頭には美しいティアラ。リボンや奇抜な頭飾りではなくティアラを付けて踊る。ティアラも細かい金色、銀色、青、赤、緑など様々な色の石を絶妙な間隔でならべ不思議な色彩を放っている。単なるお菓子のキャンディを飾る頭飾りという感じではない。いろどりの細やかさと鮮やかさが上品で優しく美しい。さらには、それほどのティアラであるにも拘らず、過度に頭に目がいくという感じではなく衣装と調和している。


 これはもはや、出演者中、最年少の子どもということを意識した可愛らしい子どもの衣装ではない。名門青山青葉あおやまあおばバレエ団の衣装係がすべての技術とセンスを駆使して創り上げた芸術品といえる。


 園香そのかや奈々たち小さい頃からバレエを続けてきた者ばかりでなく、花村バレエで長年いろいろな作品に触れてきた真理子や、あやめも、また、関西で数知れないほど発表会や公演、コンクールのダンサーを見てきた真美も、いや、そればかりでなく、青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサー、青葉あおばとおるも、このキャンディの衣装の不思議な美しさに驚いたようだ。

 小さなキャンディの出演者たちも、皆が自分たちの衣装を目を丸くして見ているのを察して、嬉しそうに微笑み合う。


 園香はこの稽古場に漂う雰囲気、光景とは裏腹に、衣装係の由香と一花いちかが微笑みながら、すみれと美織みおりに目線を送る様子に気が付いた。そして、すみれと美織も由香たちの思いを受け止め微笑みを返す。


 この衣装で、この踊りを『単なる可愛らしい踊り』『子どもたちの微笑ましい作品』に終わらせたら、振付家、演出家の力が、その程度のものかと思われる。


 この衣装は衣装係である由香と一花いちかから、この振りを任された、すみれと美織への挑戦状だ。

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