第329話 秋の文化イベント(十三)『ドン・キホーテ』(四)

 花村バレエの演目も、いよいよ最後の演目になった。バレエ『ドン・キホーテ』の主役キトリとバジルが物語の最後に結婚式の場面として踊る踊り。この作品の中でも最も盛り上がる『ドン・キホーテ』のキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥ。

 この踊りは曲の華やかさから、様々な発表会や、ガラ公演などでも、よく踊られる演目だ。


 今回、瑞希みずきと優一は国際コンクールのリハーサルも兼ねてこの舞台で踊る。瑞希が出場する国際コンクールは屋外の舞台で開催される。


 花村バレエ、山野バレエの生徒たちも舞台袖ぶたいそでから客席の方に回って見る。県内の様々なバレエ教室、バレエ関係者も舞台近くの客席で観ていた。ここまでの他のイベント出演者も皆、舞台下の観客席で観ている。


◇◇◇◇◇◇


アントレ(入場)

 華やかな曲で瑞希と優一が登場する。

 瑞希の堂々とした踊りに園香そのかも真美も圧倒される。

 優一が片手で瑞希のウエストを支え、その手を頭の上にまっすぐ伸ばした高さまでリフトする。瑞希は優一の頭の上という高い位置でバランスを取り、右足は優一の腕に添わせるように真下に、左足は真上にまっすぐ上げる百八十度開脚。美しいポーズを取る。


 あの高さ、あのリフトでバランス感覚を失わずにポーズを取る。ここは屋外だ。果てしなく空間が広がる屋外だ。

 この舞台で空間に飲まれることなく、あのリフト、ポーズでバランスを保つのは至難のわざだと園香は思った。

「あ」

 園香は思い出した。山野バレエと花村バレエが踊り始まる前に、すみれや美織みおり、瑞希と優一も、皆が、このステージを雑巾掛ぞうきんがけしてくれた。

 その時、優一が瑞希とステージから見える何かを指差して話していたのを思い出した。自分たちが踊る舞台を確認していたのだ。


アダージオ

 二人の息の合った踊りは安定感がある。一つ一つのポーズは優一が瑞希を最も美しく見せるサポートをしている。

「きれい」

 客席のどこかから、そんな声が聞こえた。

 最後のポーズで観客席に大きな拍手が広がった。


男性ヴァリエーション

 優一が踊る『バジル』のヴァリエーション。高度なテクニックの連続に会場が大きな盛り上がりを見せた。山野バレエの『バヤデルカ』の『ソロル』のヴァリエーションとは違う。スペインの闘牛士を思わせるポーズを随所に見せる。

 ジャンプの高さで魅せたソロルに比べ、回転技をより強調したような感のあるヴァリエーションだ。とは言え、踊りが始まって最初の数小節は、いきなり高いジャンプをして空中での回転技、そして『ソロル』のヴァリエーションでも見せた高いジャンプでのカブリオールなど、跳躍の大技を見せて観客を沸かせた。

 客席でバレエを初めて観るお客さんも興奮した様子で拍手を送る。


女性ヴァリエーション

 瑞希が踊る『キトリ』のヴァリエーション。美しく華やかな町娘キトリ。踊る中で見事な扇子さばきを見せる。片手に持った扇子を振りに合わせ開いたり閉じたり器用に扱う。その中でバレエの正確なポジション、テクニックを見せていく。

 いき可憐かれんなキトリ。要所、要所で、扇子であおりながら爽やかに踊る。

 華やかな踊りは歓声と拍手に包まれた。


コーダ

 優一と瑞希がそれぞれテクニックを見せる。

 ここで優一は、もう一度『バヤデルカ』の『ソロル』のヴァリエーションで見せたトゥール・ド・ラン(バレル・ロール・ターン)を見せる。大きなジャンプで舞台の上を円を描くように回る。この高度なテクニックに再び客席が湧いた。

 その優一がトゥール・ド・ランを終える直前に、瑞希が舞台中央に走り出てきて、プレパレーションからピルエットに入る。この後、三十二回転のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンという高度な見せ場に繋がるのだが、その三十二回転のグラン・フェッテの前の数小節からピルエットに入った。

 ピルエットとは片足を軸足にして、もう一方の足のひざをくの字に曲げ足先を軸足のひざに付けて、一度の踏み切りでポワント(つま先立ち)で立ち回転するターンだ。連続回転する場合、途中で軸足のかかとは付けず回転し続ける。

 美しく高速で回転するピルエット。サッと出てきて回転し始めた瑞希を、観客も呆気あっけに取られるように見ていたが、気が付くと何回転回っただろう。

 園香や真美、花村バレエ、山野バレエの生徒たちも十五、六回転までは数えたが、その後は数え切れなかった。ニ十回転以上回った後、一度軸足のかかとを付けてグラン・フェッテ・アン・トゥールナンに入る。

 客席から手拍子が始まる。舞台袖ぶたいそでで観ていた園香や真美、舞台下の客席で観ていた花村バレエ、山野バレエの生徒たちも手拍子を始める。

 気が付くと次の出番のストリートダンスのダンサーたちも手拍子をしていた。

 顔のスポット(向き)を二回転ずつ正面、右、後ろ、左と変え、正面まで戻ると、また二回転ずつ左、後ろ、右、正面と十八回転で正面に戻し、そこからダブル回転を入れながら更に回転速度を増す。

 そして最後の数小節ピルエットにまとめ曲に合わせて回り終わりポーズを取る。

 会場中が拍手の渦に包まれ、一旦、曲を止めた。

 客席が落ち着くのを見て、優一がアラセゴンドターンからピルエットへ、こちらもフィギュアスケートのターンかと思うほどの速度で回転し会場を沸かせた。

 最後に瑞希がセンターに走ってきてピルエット、優一が瑞希の後ろにつきサポートする。そして、ピルエットを終え二人でポーズを取って踊りが終わる。

 会場の観客が総立ちになり拍手喝采を送った。


 二人がルベランス(お辞儀)をし、舞台袖ぶたいそでに手を差し伸べて出演者たちを呼ぶ。

 ここは練習では花村バレエの出演者だけが出てきてお辞儀をする予定だったが、すみれが山野バレエの生徒たちにも声を掛けて、花村バレエ、山野バレエ全員でお辞儀をする。


 こうして花村バレエと山野バレエのバレエの出し物は終わった。


――――――

〇ガラ公演

いろいろな作品の主役の踊り、有名な踊りを抜粋してコンサート形式で演じる公演、発表会など。

バレエ作品の中でグラン・パ・ド・ドゥと呼ばれる主役の女性と男性が二人で踊る踊りや、パ・ド・ドゥと呼ばれるソリストの女性と男性が踊るもの。あるいはパ・ド・トロワと呼ばれる三人で踊るものや『白鳥の湖』の『四羽の白鳥』『くるみ割り人形』の『トレパック』や『あし笛の踊り』他『バヤデルカ』の『影の場』など、踊る人数に関係なく、また全幕バレエのストーリーに関係なく、創作、コンテンポラリーなどが含まれる場合もある。

様々な踊りを抜粋で集めてバレエコンサート形式で上演されるもの。

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