第67話 くるみ割り人形 第二幕(十一)お茶(中国の踊り)

お茶(中国の踊り)

沖本心おきもとこころ 三杉桂みすぎかつら 栗原寿恵くりはらとしえ


 ここから続く三曲『中国の踊り』『トレパック』『あし笛』はいろいろなところで使われ誰もが聞いたことのある曲だろう。

 ファゴットの伴奏から始まりフルートが奏でる。コミカルというべきかリズミカルというべきか心地よい、かわいらしい曲というイメージ。

 三人で踊る演出。男性と女性が二人で踊る演出など、ダンサーの構成は演出によってさまざまである。今回の花村バレエの公演では『中国の踊り』は女性三名で踊る。

 帽子を被っていたり、扇子を持って踊ったり……と衣装や小物もさまざまであるが、共通の演出は、扇子など小物を持たない場合は両手の人差し指を立てる。

 今回の振り付けでは小物は持たないで踊るという。


 この振りは瑞希みずきが振付をチェックする。


 沖本心おきもとこころ三杉桂みすぎかつらの中学一年生女子二人に青山青葉あおやまあおばバレエの栗原寿恵くりはらとしえが入る。寿恵としえは高校一年生で年齢が近い。最初はこころかつらも何を話したらいいか分らず、少し緊張していたが、サバサバした性格の瑞希みずきが間に入ることで随分話しやすくなった。


「あんたたち年近いからいいじゃん。見た目もなんか似た感じだし、いい踊りになるんじゃない」

こころかつらが微笑む。寿恵としえも微笑んで二人に言う。

「頑張ろうね」

「はい」「はい」

 二人とも『花のワルツ』の振り付けで寿恵の技術の高さは痛感していた。年が近いといっても、とてつもないレベルのダンサーだ。

 寿恵が微笑みながら二人に言う。

「さっき恵人けいとさんが『負けないよ』って言ってたけど、この二幕はそれぞれが特徴的な踊りじゃない。だから、私たちは『中国の踊り』をいかに個性的に見せるかだと思うの」

頷くこころかつら

こころちゃんとかつらちゃんの踊りはずっと見てたよ。コンクールにも出てるの?」

寿恵を前に、ちょっと恥ずかしそうに頷く二人。

「すごいね。なに踊るの? 二人は……」

心が、

「私は『白鳥』のパ・ド・トロワの第一ヴァリエーションです」

桂が、

「私はトロワの第二ヴァリエーションです」

「すごいじゃない」

「いえ……村娘むらむすめだから……」

「ええ、村娘? 真理子先生かあやめ先生がそう言ったの?」


 少し驚いた顔をしてこころかつらが顔を見合わせる。

「いえ、そう思ってました」

「ええ、そうなんだ。まあいろいろ演出とか設定はあるかもしれないけど。きちんと真理子先生か、あやめ先生に教えてもらうといいかな」

寿恵の言葉に、もう一度顔を見合わせる二人。


 寿恵が続ける。

「あれは王子の親友の男性が友達の女の子二人とお城にやって来て踊るのよ。王子の親友の男性って、その辺の村男むらおとこだと思う? その親友の男性が村娘むらむすめ二人連れてお城にやってくると思う?」

こころかつらがハッとした表情で顔を見合わせる。


「いろいろと演出はあるかもしれないけど、まあ貴族の女性という設定だと思うよ。そこ間違えると表現とか違ってくると思うから……元気な村娘じゃなくて気品のある貴族のお嬢様よ、二人とも。とても、いい踊りだから頑張ってね。ところでコンクール入賞したことある?」

首を振る二人に、寿恵が微笑みながら、

「そう、せっかく瑞希みずきさんと美織みおりさんが来たんだから、二人にも教えてもらいなよ。二人と優一さんのトロワ、とんでもなく凄いから……」

隣で聞いていた瑞希が、

「貴族です……」とワイングラスで乾杯するような仕草をして微笑みながら言う。

寿恵が、

「まあこの公演が終わったら、きっちり見てもらうといいよ。それより今は中国の踊りしようか」

「スルーかよ」瑞希がムスッとした顔で言う。向こうで微笑むげんにらむように見る瑞希。


 寿恵が続ける。

「ところで今まで踊った踊り聞いたのは、どんなテンポの曲をコンクールで踊ってたのかな……って思たの。コンクールって先生がその子に合った踊りを選ぶと思うのよね」

顔を見合わせる心と桂。

「で、トロワならいろいろな基本をきちんとできているんだろうなって思ったの……で、中国の振りなんだけど、青山青葉あおやまあおばバレエで踊ってる振りもいくつかあってね」

寿恵が瑞希の方を見る。

「瑞希さん」

「なによ。スルーして、今のはげんさんが拾ってくれたからいいけど」

「瑞希さんがよく踊ってる『中国』の振りでお願いします」

「いいわよ。結構、全部の音を細かく取って踊る振り付けだから頑張ってね。わたしも心ちゃんと桂ちゃんの踊りは見てた。その振り付けで大丈夫と思うよ。かわいらしい振りだし踊ってる方も見る方も楽しいと思うよ」


 瑞希が三人に振り付けていく。エシャペ、ソテ、シソンヌ・フェルメ、他にもいろいろな細かいジャンプを組み合わせ、ほとんどの音を取っていく振り、三人で並んで踊り、円を描くように回りながら踊る。細かく駆け足の様に移動する。三人が入れ違うように立ち位置を変える。

 コミカルにせわしく踊る振りは、その構成と一つ一つの音の取り方まで、結構、技術的に難しい振り付けだった。細かい動きが三人をかわいらしく見せる。そして最後のポーズ。

 一通り振りが通り少し曲で踊ってみる。まだまだな感じもあるが、それなりに整っている。


「いいんじゃない」

瑞希が微笑みながら言う。緊張していた心と桂は一気に気持ちが楽になった。


「いいと思うよ。これから三人でどんどんいいものにしていこうね。私がいないときは瑞希さんに見てもらってね」

寿恵の言葉に頷く二人。寿恵と仲良くなれたのも嬉しかった。


――――――

〇エシャッペ

 足を五番ポジションのドゥミ・プリエから、一気に二番ポジションに開いてポワントで立つ。そして、五番ポジションにのプリエに戻る。この時ジャンプせず足をスライドさせるように五番のドゥミプリエから二番のポワントに立つ。

――――――

〇ソテ

 跳ぶこと。大きなジャンプではなく軽く跳ぶイメージのジャンプ。

――――――

〇シソンヌ・フェルメ、シソンヌ・ウーベルト

 五番ポジションから前、横、後ろそれぞれの方向にジャンプする。

右足前の五番ポジションから前にジャンプする場合、両足同時に踏み切ってジャンプする。ジャンプした時、右足は前に左足は後ろに、ひざを曲げずに一気に張りだすようにする。そして着地する。

 着地するとき右足と左足を五番にそろえる様に両足で着地するものをシソンヌ・フェルメ。

 着地するとき右足片足で着地し、左足はアラベスクで着地するものをシソンヌ・ウーベルトという(左足を真後ろにひざを伸ばした状態でキープして右足だけで着地する)

 シソンヌ・ウーベルトで左右に移動する場合、右に移動する場合は、右にジャンプするようにして、左足を横にキープして右足だけで着地する。

 後ろに移動する場合、右足前の五番から始めるときは、後ろにジャンプするようにして右足をドゥバン(前)にキープして、左足だけで着地する。

 シソンヌ・フェルメの場合は左右、後ろも着地の際、両足を閉じる様に同時に五番ポジションで着地する。

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