第68話 くるみ割り人形 第二幕(十二)トレパック(ロシアの踊り)

トレパック(ロシアの踊り)

来島樹くるしまいつき 遠藤光えんどうひかる 美川信也みかわしんや


 曲は映画やドラマ、CMでも使われることが多く。最も有名な曲ではないだろうか。踊りの構成は演出により様々であるが、ロシアの民族舞踊を取り入れた迫力のある踊り。

 この曲は優一が振付をして三人を見ていくことにする。


 いつきたち三人も優一とは何かと話しやすくなっていた。クラシックバレエの男性の技術をやさしく教えてくれる。

 クラシックバレエのテクニックは基本ができてないと難しいものがほとんどである。跳躍力や回転の軸の強さ。そういったものは長い訓練が必要なものや、そもそもある程度持って生まれた素質がないと難しいものもある。

 小さい頃からやっていれば身に付くものも多いが、練習する環境も影響してくる。

 そして「今はそんなレベルじゃない」とか「そんなことばかりやってないで基本をしなさい」と言われるものである。


 しかし、優一はいつきひかるが興味を持ったテクニックに関しては、今すぐにはできないまでも、その技のコツをやさしく自分で踊りながら教えてくれる。

 いつきたちは教えられたことをやってみる、できない、そこから本当に基本が大事なことや、この技術を習得するために今するべきことを学んでいく。


 この世界は男性が少なく圧倒的に女性ばかりの世界である。身近にレベルの高い男性ダンサーがいるというのは貴重なことだ。


トレパック……


 いつきたち三人も『トレパック』は何度も見たり、練習で踊ったこともあった。

 花村バレエでも今までに『くるみ割り人形』の全幕をやったことがあった。

樹たちは公演や発表会で『トレパック』を踊ったことはなかったが、全幕公演やバレエコンサート形式の発表会で他の生徒たちが『トレパック』を踊っているのは何度も見たことがあった。


 優一が三人にロシアの民族舞踊の独特な足の使い方を教える。三人はロシアの民族舞踊を基本的なところから習うのは初めてだった。


 独特な足の使い方。

 ジャンプして左足で着地するのと同時に少し体を左にひねり左足のひざを軽く曲げ、右足を横に出しひざを曲げ回すようにして床につま先をつける。そして体を正面に戻し、すぐにその右足で床を踏む。

 それと同時に足を入れ替えて、体を少し右にひねり左足を横に出して床につま先をつけ、素早く体を正面に戻しかかとをつける。

 これを反対の足で繰り返す。

 三人とも慣れない足さばきに戸惑ったが何回かやっているうちにできるようになってきた。


 ひざを曲げ腰を回すように体をひねる。足を回すようにして足先とかかとを床に付ける動き。ロシアの民族舞踊として踊られる踊りだ。

 体を右に向けた時、右足は少しひざを曲げ、左足もひざを曲げて左足のつま先を床に付ける。体を正面に戻すのと同時に右膝みぎひざを少し曲げ、左足のかかとを床に付ける。

 そして左足に体重移動するのと同時に左に体を向ける。先程と反対の動きをする。

体を左に向けた時、左足は少しひざを曲げ、右足もひざを曲げて右足のつま先を床に付ける。体を正面に戻すのと同時に左膝ひだりひざを少し曲げ、右足のかかとを床に付ける。


 リズミカルに踊る。手をたたくとき右手を上から左手を下から体の前でそれぞれの手を上下に交差させるように大きく打つ。


 一つ前の『中国の踊り』がかわいらしい踊りであるのに対し『ロシアの踊り』は勢いのある踊りという感じだ。スピード感と躍動感が特徴的だ。


 三人が円を描く様に回りながらジャンプする。優一が三人に指導する技術は、これもクラシックバレエにはあまりない技術、常に床の方を見ながら足を振り上げる様に体を回す。三人が反時計回りに大きく回る。

 体の向きは大きく舞台を回る中央を向け顔の向きは床の方に向ける。右足を床に踏み込むと同時に左足を大きく後ろに振り上げ体を左から大きく回転させる。体を左からひるがえらせるが顔はすぐに床の方にスポットを戻す。足を振り回すように回転させながら、三人が大きく舞台に円を描いて回る。勇壮な振り付けだ。

 三人ともここまで大きな民族舞踊の技術を入れた振り付けはあまり踊ったことがなかった。優一の指導でいつきひかる信也しんやの三人ともそこそこに踊りができる。


 横目で『中国の踊り』を教えながら見ていた瑞希みずきが驚いたように見る。古都ことも「すごいすごい」と手をたたいて微笑む。

 最後は両手を広げ両足を開脚して数回ジャンプする振り。優一がやって見せてくれた。まるで三人の頭の上までジャンプするような高いジャンプ。そして、足が一直線、水平に開いて美しい。

 三人ともやってみるが、足がうまく開かないし高さがない。

「三人ともストレッチを特訓するよ」

と優一に言われる。普段はストレッチの嫌いな三人だが、この優一の踊りを見せられては、明らかに自分たちと優一の一番大きな差が柔軟性だということに気付かされる。


 優一が三人にやさしく言う。

「体が柔らかくなると体の軸をくるわさずに足を大きく振り上げることができるようになるんだ。そうすると足の振り上がる力で姿勢を崩さず高くジャンプできるようになる。今のみんなは、まだまだ体が硬いから足を上げようとすると体の軸が崩れて空中でバランスを崩してしまう。だから高く飛べない。軸が崩れない範囲で足を上げようとするとあまり足を上げられなくなり力が入らないから高く飛べなくなる。だからストレッチをして体の可動域を広げるんだ。他の踊りにもつながるから」

 大きく頷くいつきたち。中学生のいつきひかると一緒に踊る小学生の信也。優一が信也に「大丈夫踊れてるから」そう言って信也の肩を叩く。


 一度、曲で通す。慣れない踊りに、やっと踊っている感じはあったが、見ている周りの生徒や見学のお母さんから自然に拍手が起こった。


「大丈夫よ。これ、ずっとみんなと一緒にいる優一さんが教えてくれるから」

美織みおりも三人にやさしく声を掛ける。


「ちょっといいかな」

一通り通した三人のところに由香がやって来た。今までいろいろなところを回りながら真理子や青葉あおば、あやめなどのスタッフと話をしていた。スケッチブックのようものを持っている。

「ちょっと三人ともシューズ脱いで足形あしがた取らせて、両足」

スケッチブックに三人の足を置いてもらい両足の足形をサッと鉛筆で取ってページの隅に三人それぞれの名前を書く。

 こうの高さ、足首の周り、ひざ下のたけ。足を曲げ伸ばした時のふくらはぎの周り……ポケットから取り出したメジャーでいろいろな部分のサイズを測っていく。

「舞台は十二月半ばよね」

何を確認しているのかわからないが細かくメモしていく。

「ありがとう。ブーツ作るから」


 いつきはブーツで踊っていて舞台で脱げそうになった経験があった。

「ブーツって脱げるんじゃない……」

いつきが言うと、由香がにらむような目で見て、

けるものは脱げるわよ」

「え」


「でも、私の作るブーツは脱げないのよ。ずっと踊り続けなさい」

「ええ」


「うそうそ、私を誰だと思ってるの」

そう言って微笑みながら『スペインの踊り』を踊っている奈々とのぞみの方に行った。

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