第154話 バレエフェスティバル前夜(二)

 その日の夜、園香そのかたちが恵人けいとと一緒に家に帰りくつろいでいると、遅い時間に瑞希みずきが帰ってきた。

「ただいまー、疲れたー」

「おかえりなさい」

 リビングのソファーに倒れ込む瑞希。

「お疲れ様です。大変ですね」

 園香が心配そうに声を掛ける。

「まあ、一日、付きっ切りだったからね」

美織みおりさんと優一さん頑張ってました?」

「いつも通りって感じ。今回は美織さんに付いてるっていうけど、結局、すみれさんと古都ことさんにも付いてる感じだから」

「そうですよね」

「でも、別にすることないんじゃないの。公演の時と違って」

 恵人の言葉に、瑞希が睨むように、

「違うわよ。公演の時と違って、美織さんと優一さん、すみれさん、古都さんだよ。付いてる人が違うの」

「まあ、そりゃあ、気を遣うよね」

 恵人が笑いながら言う。

「すみれさんや古都さんは、気を遣わなくていいって思ってるんだろうけど、舞台が舞台だし、その三人に付いてるんだから、こっちは気を遣うよ。なんといっても、すごい舞台の前だからね」

 ため息混じりに言う瑞希。

「すごい人たちがいっぱいいるんですよね?」

 真美が興味深そうに聞く。

「うん、すごいよ」

「でも瑞希ちゃん、来年、国際コンクール行くんでしょ。国際コンクールって、そんな人ばかりじゃないの」恵人が横から言う。

「ちょっと違うと思う。このバレエフェスティバルに出演するダンサーたちは、その国際コンクールで一位になった人ばかりでしょ」

「え、そうなんですか。美織さんは知ってましたけど」

 驚いて聞く園香に、瑞希と恵人が呆れたような顔をした。それを見て真美が横から言う。

「古都さんが国際コンクール一位って知らんかったん? それでイギリスに行ったんやんか。すみれさんは私の知ってる限り、三つくらいの国際コンクールで一位とか金賞とか取ってんで」

「ええ!」

「だから、古都さんも美織さんも、すみれさんにアドバイス求めるの。ルエルよりすごいんだから」瑞希が呟く。

「ルエルよりすごいとか、言わないの」瑞希の言葉を恵人が横からいさめる。

「じゃあ、やっぱり瑞希さんは、すみれさんですか? 目標の人」

「ん? すみれさんはね、憧れなの。美織さんはね、あれで、あの人、努力の人なんだよ。古都さんも。でも、すみれさんは違うの。彼女も努力してるんだろうけど努力してるレベルが全然違うの。遥かに高いレベルで努力してる感じ。すみれさんは憧れなんだけど、彼女から学ぼうとしても、あんまり参考にならないんだよね。違い過ぎて……園香ちゃんもわかったと思うけど、すみれさん、教えるのは上手なんだよ、神レベル。でも、なんていうか、目標にするのは違うと思う」

 瑞希の言葉に真美が頷く。

「わかります」

「でしょう」

「明日も早いんですか?」

 労う様に言う園香に、微笑みながら瑞希が言う。

「そうだね。結構、早い時間に出る」

「私も瑞希さんが行く時間に劇場に行こうかな」

 真美が言う。

「え? でも、入れないよ。今回は」

「いいんです。すごい人たちが、劇場に入るの待とうかなって」

「ああ、いるね。サインもらったり、一緒に写真撮らせてもらったりしてる人」

「それそれ」

「え、会えるんですか」

 真美が微笑みながら、

「私、前にも早い時間に劇場行ったことあるけど、結構、みんな前の道から歩いて劇場入りするから」

「ええ、そうなの」


 次の日は皆で早い時間に家を出ることになった。

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