第18話 園香 金平糖の精

 その日のレッスンはあやめが担当する。スタジオの後ろの方で三人がストレッチを始める。

 フロアにいる生徒たちの注目が集まる。ここのフロアは学校の教室二つ分ぐらいの広さというところだろうか、フロアの中央に可動式のレッスンバーをあるだけ準備するが、それでも窮屈さを感じるほどたくさんの生徒が参加している。

 見学スペースには椅子もあるのだが立ち見で見ているお母さんたち、小さな子供のお母さんたちだけでなく、小学生や中学生の生徒のお母さんたちも来ているようだ。 

 見学スペースだけでは収まり切らず受付や入り口の壁際にも立ち見のギャラリーが並ぶ。


 三人は気にしていないような感んじで昨日と同じようにストレッチを始める。真理子が三人のところに行く。

「昨日、北村先生から稽古場を練習に使いたいということを聞きました」

 美織みおりが少し申し訳なさそうな顔をして、

「使わせて頂けるなら、全部のお稽古が終わった後でいいです。教室の利用料もお支払いします」

「そんな利用料なんていいのよ。ところでレッスンの後で少しお話いいかしら」

「はい、もちろんです」


「ごめんなさいね。今日はなんだか、騒がしくなっちゃって。私たちも驚いてるの」

周りの見学客に目を向けて言う。美織みおり瑞希みずきも驚いた表情を隠せないといった感じだ。

「すごく熱心な生徒さんや親御さんが多いんですね。」

「いえいえ、昨日レッスンの後、生徒さんやいろいろな人が、あなたたち三人のことを連絡し合って、こんなになってしまったみたい。ところで、その、後でお話というのは、今度のうちの公演のことなんですけど……詳しいことはレッスンが終わってから、ゆっくり聞いて頂くとして」

頷く美織と瑞希。真理子は教室でストレッチをしている一人の女性の方に目を向けた、

「あの子、薄いピンクのレオタードを着ている子」

 園香そのかの方に目を向ける。美織と瑞希もそちらを見る。瑞希が思い出したように美織に言う。

「彼女、すごく丁寧に踊ってた子だよ。アンディオールが綺麗だった。センターでも動きの中できちんと正確にポジションが取れてた子よ、美織さん」

「覚えてる。彼女、アントルラッセとかグラン・ジュテとか大きなジャンプの後もポジションが雑にならないのよ。上手だった」

真理子は少し驚いた。決して練習で目立つタイプではないと思っていた園香を二人はたった一度のレッスンでかなり細かいところまで覚えている。

「いきなりのお願いで申し訳ないんですけど、彼女、今度の公演で主役の『金平糖の精』を踊るんです。これから見てあげて頂けないかと思って」


微笑む美織。

「もちろんできる限り協力させて頂きます」


「それとあなた方三人も、是非、公演に出演頂きたいのですが」

美織たち三人が顔を見合わせる。微笑む瑞希。優一も頷く。美織が微笑みながら、

「ありがとうございます。喜んで参加させて頂きます」

真理子も微笑む。


美織たち三人の目線が園香に集まる。


――――――

〇アントルラッセ

ジャンプの一種。右足を前に振り上げる場合、シャッセなどで体を引き上げながら助走をつけ、右足を前に振り上げてジャンプする。空中で体を左に百八十度半回転する。それと同時に空中で右足と左足を入れ替えるように左足を後ろに振り上げる。左足は真後ろに九十度あるいは四十五度上げた状態で右足で着地する。

――――――

〇グラン・ジュテ

ジャンプの一種。右足前の場合、シャッセ、グリッサードなどで助走をつけ右足をジュテから振り上げ前九十度まで振り上げる(ひざを曲げずに足を床からこすり上げるように振り上げる)。踏み切った左足は後ろに張り後ろ九十度でキープする、空中で両足を前後に百八十度開く姿勢が理想。

――――――

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