第85話 バレエフェスティバル 『くるみ割り人形』美織の衣装

 優一が衣装を身に付けて園香そのかたちのところに来た。白地に白の美しい刺繍。派手ではない金色と銀色の美しい飾り。

 園香も真美も間近で見た衣装に目を奪われる。バレエ『くるみ割り人形』第二幕の王子の衣装、改めてその気品と美しさに見惚れてしまう。

 美織みおりの方も『金平糖の精』の衣装の準備をする。瑞希みずきが手伝いながら美織の衣装を整える。なんという色なのだろう。白とも金色ともつかない不思議な色合い。細かく美しい刺繍とビーズが散りばめられた繊細なブレード飾り。

 これが世界のプリマが身に付ける『金平糖の精』の衣装なのかと観覧席にいた全員がその美しさに息をのむ。

 それは『白鳥の湖』のオデットでも『眠れる森の美女』のオーロラの姫の衣装でもない。

 なにか目の前にいるのに、この世界のものとは思えない、どこかおとぎの世界のお姫さまを思わせる。そんな幻想的なものに見えた。

 バレエ『くるみ割り人形』の『金平糖の精』の衣装は、そのベースになる衣装の色が何パターンかある。薄い金色をベースにしたもの、薄いピンクをベースにしたもの、白をベースにしものなどである。


 キッズクラスの子供たちも口をぽかんと開けて見入っている。


 瑞希が大事そうに綺麗な箱から一つのティアラを取り出す。これも銀色と金色の中間色のような美しい光をやさしくたたえている。

 今まで手際よく自分でティアラを付けていた美織が鏡の前に座り、背筋を伸ばしひざの上に手をおき精神を集中するように目を閉じる。

 瑞希が美しいティアラを丁寧に美織の頭に飾り付けていく。すべて付け終わり衣装の背中を縫う。そして、やさしく美織の方に手を置く。


 スッと立ち上がる美織。

 その姿に稽古場に来ていた観覧席の者全員が注目した。誰もが言葉を失いその空間から音が消えたような瞬間だった。


「お姫様」

 ゆいが嬉しそうに言った。

 美織がやさしく唯の頭を撫でる。


 周りの子供たちも口々に、

「美織先生、お姫様みたい」

「きれい」「美織先生、きれい」

と言いながら美織の周りに集まってくる。そして、皆それぞれに、まるで自分たちのお姫さまであるかのように、どこか誇らしげに見学席の方に目を向ける。

 美織が子供たちを一人一人に微笑みかけ、やさしく頭を撫でる。


 園香と真美も、美織の美しさに言葉を失って見入ってしまった。


 瑞希が微笑んで二人を見る。

「どっか行っちゃってるよ」

「え?」園香がフッと瑞希の方に視線を向ける。

「あなたたちの意識。どっか行っちゃってたよ。おかえり」


「じゃあ『くるみ』のグラン通すよ」

 優一が言う。優一が真理子のところに何かを言いに行った。美織が子供たちを鏡の前に座らせる。唯も他の子供たちも目をきらきらさせて美織の方を見る。


◇◇◇◇◇◇


「園ちゃん、バレエに誘うてくれてありがとうな」

「え、うん。でも、真美がそんなにすごい人だとは思わなかった。すごいね」

「そんなんじゃないよ。でも美織さんとか瑞希さんにこんな形で会えるとは、奇跡ね。夢みたい」

「……」

「いつもコンクール会場にバレエ団の人と一緒に来てたのを遠目に見てたの」

「へえ」

「瑞希さんの弟さんがよくコンクールに出場しててね。瑞希さんと一緒に美織さんと優一さんも付いて来てたの」

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