第137話 バレエ『白鳥の湖』第二幕(二)

四羽の白鳥

塚原裕子つかはらゆうこ

牧泰子まきやすこ

三沢貴子みさわたかこ

折原芽衣おりはらめい


 誰もが聞いたことのある曲。四人の動きがぴったり合っている。四人の間隔もまったく変わることなく、細かい足の動きから顔の向き。最初から最後まで一糸乱れぬ踊りで踊り切る。一体どれだけ練習したらここまで息が合うのだろう。四人が踊り終わったところで劇場が大きな拍手に包まれる。

 近くで見ていたゆいが嬉しそうに拍手を送っている。


大きな白鳥

木原佐由美きはらさゆみ

高橋麗子たかはしれいこ


 ゆったりした曲で二人が踊る。舞台を大きく使い、一つ一つの動きも伸びやかに踊るこの踊りには大きな跳躍もある。稽古場で話をしたとき園香そのかや真美と同じくらいの身長と思った佐由美と麗子が、こうして客席から舞台で踊る姿を見ると、目の前で見るより、とても身長が高くスリムに見える。

 跳躍も、実際よりゆっくり大きく跳んでいるように見える。

 唯がキッズクラスの先生である佐由美と麗子に気付き嬉しそうに隣で観ているお母さんに話し掛けながら拍手をしている。


 エクステンションといわれるものがある。お客さんが見ていて、伸びきったと思われるところで、少し余裕を残し、さらに、ほんの少し引き伸ばす。上がり切ったと思う足を、ほんの少し息をするように高く引き伸ばすことで錯覚を見たかのように、人間離れした柔軟性や高さを感じさせる。

 彼女たちにはそういう技術がある。コールド(群舞)で踊っているダンサーたちも全員その技術を持っている。細かい技術、表現力で素人との決定的な差を感じさせる。

 そんな彼女たちを観て観客たちは自分たちとは別次元の人たちなのだと感じる。


 白や黄色は膨張色といわれたりする。実物より太く見えることがある。しかし、ここのダンサーは誰もこの白鳥の湖で真っ白な衣装をきているのに、稽古場でさまざまな色のレオタードを着ている時よりスリムに見える。これは由香の作る衣装の技術なのだろうか。ダンサーたち一人一人の線が細い。


オデットのヴァリエーション

九条古都くじょうこと


 息を呑むほど美しく高雅こうがなヴァリエーション。目の前で踊っているが幻を観ているような感覚。やわらかい。なんという繊細な表現力なのだろう。九条古都の実力を見た。園香そのかはこれまで美織みおりの踊り、すみれの踊りに圧倒された。九条古都くじょうことというダンサーがいることを知っていたうえで、青山青葉あおやまあおばバレエ団に美織みおり、すみれ以上のダンサーはいないと思っていた。

 しかし、それは違っていた。このバレエ団のポテンシャルの高さを知った。ここには古都ことがいる。瑞希みずきがいる。さらに、まだ見たことがない、この『白鳥の湖』の数日前に『ドン・キホーテ』の全幕公演を演じてきた、この舞台とは、まったく別の団員たちがいる。

 園香の中に、いつか、ここで踊りたい、ここで学びたいという気持ちが芽生えてきた。


 古都ことがオデットのヴァリエーションを踊り終え、劇場は満場の拍手に包まれた。


コーダ

 白鳥たちの踊りの締めくくりとなる踊り。コールド(群舞)のダンサーたちが一斉に踊り始める。オデットが加わり華やかさと迫力を増す。

 最後は舞台中央でジークフリートがオデットをリフトし、その周りに白鳥たちが伏せる様に円を描く。美しい場面だ。


 踊りが終わり、ジークフリートはオデットに舞踏会で愛を誓うことを約束する。そして、夜明けが近づき、白鳥たちが飛び去って行く。

 オデットもジークフリートこそ永遠の愛を誓ってくれて、自分たちを魔法から解き放ってくれる者だと信じ飛び去って行く。


 舞台には白鳥の湖の主題が壮大に奏でられ、満場の拍手に包まれながら第二幕が幕を下ろす。

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