第12話 美織のレッスン 3 瑞希

〇タンデュ


 右足前の五番ポジションから前に重ねた右足を、前、右、後ろの順番に床を滑らせるように動かす。前に動かすとき右足を外に回転させる意識で、ひざを曲げず、くるぶしを張り出すようにつま先が床から離れないところまで前に伸ばし戻す。戻すときも外に回転させる意識でひざが曲がらないように足先の小指の方から返ってくる意識。横の時は返ってきた足を軸足の後ろに収め、後ろのタンデュ。

 すべての動きの中で重心は軸足の左足に乗っていることを感じ、バーを持っている左手を放しても体がグラつかないことが大切。

 いろいろ作法はあるが右足を前に動かす動きでは顔は軽く右斜め上、右足を横に動かす動きのときは顔は軽く右方向か、あるいは正面。後ろに足を動かす動きの時は頭を少し前に倒し横に伸ばした右手下から、やや右下後ろに目線か、あるいは右手を正面のやや上遠くに伸ばすようにして、目線は正面に伸ばした手の先、遠くの方を見る。

 ただし顔をつけるときは、顔の向きを向けるのであって、顔(頭)はそのままで目線だけその方向見るのではない。

 ときどき、やってしまいがちなダメ出しされる動き……「右を向く」と言われて、顔を動かさず目線だけで右を見る。これでは大きな舞台で遠くの客席のお客さんは役者が右を見ているのなんてわからない。

 この動きは一つの軸足に重心を乗せ、もう一方の足を自由に動かす。バレエの中で一歩目の動きに繋がっていく。

 これを左右行う。バレエのレッスンでは、すべての左右同じ動きを練習する。


〇ジュテ


 タンデュの動きから動かす方の足先を四十五度くらい足先が床から離れる位置まで上げる。意識することはタンデュと同じ。

 その位置までシュッと足を上げ、そこで止める動き。この動きは歩く動きからジャンプの動きに繋がっていく。


◇◇◇◇◇◇


 バーの先頭に立つ瑞希を稽古場にいる全員が無意識のうちに意識しているのがわかる。気が付くと小学生から中学生、高校生、大人クラスの人まで、レッスン生全員の動きが一糸乱れずそろっている。

 今まで発表会の練習のときでさえ「そろえなさい!」と何度も何度も注意されていたレッスン生。それでも、うまく全員で振りを、動きを、そろえることができなかった。

 そんな皆が、今日初めて稽古場に来た、たった一人のバレリーナ河合瑞希かわいみずきのもと、注意されることもなく動きの一つ一つから体の向き顔の向きまで整然とそろい、音にもきちんと合っている。

 小学生、中学生、高校生、大人……今日はゴールデンウィークの特別レッスンで普段一緒に練習することがない生徒たちだ。そんな様々な生徒たちの動きが呼吸まで合っているかのようにそろっている。

 その状況に花村バレエで長年バレエ教師をしている北村、秋山も息を呑んだ。


 いつかバレエ雑誌に青山青葉あおやまあおばバレエ団の主催者である青山青葉あおやまあおばのこんな言葉が載っていたことを思い出した。


◇◇◇◇◇◇


 青山青葉あおやまあおばバレエ団には大切なダンサーがいるんです。彼女は、まだ、プリマではないのですが、彼女がコール・ド・バレエ(群舞)で踊ると、まるで全員に魔法がかかったかのようにそろうんです。

 超絶技巧を誇るダンサーも大切ですが、全幕バレエを上演するとき彼女はバレエ団に欠かせないダンサーなんです。

 彼女の名前は河合瑞希かわいみずき。バレエ団が最も大切にしているバレリーナの一人です。

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