第253話 休憩時間 真美

 第二幕のトレパックの衣装を身に付けた男子三人。由香にブーツの具合を聞かれ、

「踊りやすいです」

 と言って、ジャンプして見せていた。


 そのそばで、奈々がスペインの衣装を着て準備する。急遽『スペインの踊り』に出演が決まった真美の方は今回のリハーサルは衣装がない。衣装の準備はできてないが、真理子と青葉あおばに「どんな感じになるか見てみたいから、衣装なしでいいから踊って」と言われ、真美も踊ることになった。

 今回の『スペインの踊り』は奈々とのぞみ、真美と木島剣きじまけんというという四人が二人一組で二組のペアで一緒に踊ることになる。四人のうち男性二人は青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーだ。奈々とのぞみは今まで何度かスペインの踊りをリハーサルで踊った。木島剣きじまけんは、まだ花村バレエに来たことはないが、青山青葉あおやまあおばバレエ団の『白鳥の湖』で『スペインの踊り』を踊っていたのを園香そのかや花村バレエの多くの者が見た。すみれの話では、木島剣きじまけんはバレエ団でキャラクターダンス、民族舞踊を得意とするダンサーだという。

 そんな中で、考えてみると、どこか噂ばかりが先行して、実のところ真美がきちんと一つの踊りをリハーサルで見せるのはこれが初めてだった。


 とおるが『あし笛の踊り』を踊る月原静つきはらしずかに、

しずか、くるみの『スペイン』踊れるよな。衣装は『あし笛』の衣装でいいから、真美ちゃんと一緒に踊ってくれるかな」

 という一言で、真美のパートナーを月原静つきはらしずかが代役で踊ることになった。


 突然『スペインの踊り』を踊ることになったしずかは戸惑った。彼は真美の実力を知っている。しずかも小学生の頃から様々なコンクールへの出場経験があった。いろいろなコンクールに出場してきた中で、エントリーする部門こそ違うが、今まで何度もコンクールで踊る真美の姿を見てきた。


 しずかが優一に助けを求める様に、

「真美さんって、宮崎バレエのすごい人ですよね。優一さん『スペイン』踊ってくださいよ」

 と言うが、

「真美ちゃんに『スペインの踊り』勉強させてもらえよ。おれはドロッセルマイヤーがあるから」

 と優一から笑顔で突き放される。

「ドロッセルマイヤーって、二幕は関係ないでしょう」

 と言うしずかだが、優一から肩を叩かれて微笑まれた。そして、更にげんからも、

しずか、真美ちゃんの踊りの位置取いちどりと、四人で踊った時の感じを見たいという意味もあるから、邪魔にならないように動いとけ、どうせ踊りじゃかなわないんだから」

 と追い打ちをかけられた。


 真美はまったく聞こえてないかのようにスペインの振りを復習する。

 目線、肩のライン、首すじ、後ろを向き顔だけ振り返る様にした時の背中の見せ方……

 すべてが完全にスペインの踊りのラインに入っている。

 まだ、振り付けられたばかりで、細かい表現のアドバイスなど何もないのに、一つ一つの細かい部分、見せ方、表情に、何か引き込まれるようなものを感じさせられる。

 すみれ、美織みおりたちばかりか、康子や青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサー全員、由香や一花いちかたち衣装係の二人の目線も真美に集中していた。


 園香は、真美の姿に、関西の名教師宮崎美香のもとで主役を踊っていたバレリーナの実力、そのレベルの高さを思い知らされた。

 彼女はプリンシパルレベルのダンサーだ……

 この立ち姿だけで、八月に大阪で見た、どのバレリーナよりはながある……そこに立っているだけで一身いっしんに注目を集める。


「そうは言うても、私はすごいけどな」


 そう言った真美の言葉を思い出す。

 彼女の言葉は冗談交じりに言う言葉も多いが、その言葉は自信があってこその言葉のように思えた。

 園香が真美と初めて会った頃、彼女は自信を失くして一度はバレエをやめたと言っていた。しかし、今の彼女は、また、その自信を取り戻しているように思えて園香は嬉しかった。


 そして、今は名門青山青葉あおやまあおばバレエ団の誰もが彼女に一目置いている。

 ここにきて、改めて彼女は間違いなく本物だと思った。

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