第198話 リハーサル 客席で

 広い!

 園香そのかは思わず足がすくみそうになった。ホールの客席に入ると、遥か彼方の舞台でダンサーたちが準備している。なんて広いホールだろう。そのステージがまた広い。五十人ほどのダンサーたちが小さく見える。そんな印象だった。

 ホールの客席の中央、恐らく本番では宝生鈴ほうしょうりん宮崎美香みやざきみかたちが座るであろう席の前で舞台の方を観ている瑠々るる。その背中は、先程まで園香そのか美織みおり、すみれが抱いていた寂しさを抱えた少女の影など微塵みじんも感じさせない。

 いつか、この舞台のセンターで主役を踊っているであろう力強い何かを感じさせた。いつも持っている小さなタンバリン。瑠々るるが振り返って微笑み。

ゆいちゃん。こっち、こっち」

 と唯を手招きする。唯が瑠々るるの方に走って行く。真由と佐和たちも後に続く。



 すみれが微笑んで美織に話し掛ける。

「あの子、昨日は唯ちゃんに負けたかのような、そんなものを感じさせたけど、今の彼女の背中……四歳の瑠々るるちゃんの背中にプリンシパルの姿を見たわ」

 美織も微笑む。

「本当。彼女を一瞬でも可哀そうなんて思ったのが間違ってたみたい。彼女は、みんなが思っている以上に強い子ね。まだ小さいからわかってないとかじゃなくて、本当の強さを持ってるわ。たぶん唯ちゃんのライバルで、唯ちゃんの一番の親友になるかも」

「本当ね」

「すみれさん、ちょっと気になってたんだけど、あのタンバリン、エスメラルダのタンバリンですよね」

「そうね」

「あれ、誰が瑠々るるちゃんにあげたのかしら、あれは子ども用の玩具おもちゃじゃないわ。バレエ専門の小道具のタンバリン……」

「そうね」

 真美が間に入って話す。

「たぶん、美香先生じゃないかな」

「え?」

「もちろん、あの小さな瑠々るるにエスメ(エスメラルダ)を踊らせよう、なんていう意図があったんじゃなくて、たぶん小さい瑠々るるを稽古場で静かに遊ばせるためにあげたんじゃないかな。瑠々るるのお母さんが稽古場に瑠々るるを預けていくから……美香先生とこ、稽古場にタンバリンとか、扇子せんすいっぱいあるし……ダイアナの弓とかもいっぱいあったなあ」

「そうなの。でも、タンバリンなんか持たせたら、やかましくならない? 扇子せんすの方がよかったんじゃない?」

 瑞希みずきが微笑みながら言う。

「まあ、美香先生とこは、美香先生の怒鳴り声とか、扇子せんすが飛んできたり、瑠々るるのタンバリンの音より騒々そうぞうしいから、それに、美香先生の教室で瑠々るる扇子せんす持たせたら投げるくせがつくかも」

 真美の言葉にすみれや美織みおり、瑞希が笑う。園香そのかも宮崎美香バレエスタジオの普段のレッスン風景は見たことがないが、昨日の稽古場の雰囲気を思い出すと想像できると思った。

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