第281話 十月の通常レッスンから

 天気のいい日、外を歩くと吹く風も涼しい秋の爽やかさを感じる季節になってきた。

 その日、皆で昼食を食べた後、園香そのかは大学から、直接、稽古場に向かった。真美と一緒に大学を出たが、園香が稽古場に着いたときには、既に真美は稽古場のフロアでストレッチをしていた。

 稽古場には、すみれ、美織みおり瑞希みずき、優一の四人が来ている。


「おはようございます。すみません、遅くなって」

 園香が慌てて言うと、瑞希が笑いながら、

「全然、遅くないよ。私たちは午前中から練習させてもらってたけど、園香ちゃんたち学校があるでしょう」

 時計を見ると十二時半だ。少しして、大人クラスの人たちが数人やって来た。今日は平日で、園香や真美は大学の授業が午前中で終わるスケジュールになっていたが、小学生や中学生、高校生たちは普通に授業がある。学校に行っている生徒たちは夕方以降のレッスンに来るようになる。キッズクラスの子どもたちはもう少し早い時間から始まる。


 美織が園香と真美のところにやって来た。

「今日から文化イベントの振り付けもやっていくから、二人も手伝ってね」

「はい」「はい」

「園香ちゃんは『くるみ』の金平糖だから振りはもう入ってるわね。真美ちゃんも大丈夫?」

「え、一幕のキトリですか?」

「うん、そう、大丈夫?」

「はい」

「じゃあ、後で踊ってみて」

「え? まさか、今の『大丈夫?』で振り付け終わりですか?」

「え、振付……必要?」

 少し考えるように首をかしげるような仕草をしながら普通に聞く美織に真美も少々狼狽うろたえる。

「振り付け……必要ではないですか?」

「え、でも、あの踊りは世界各国、そんなにヴァリエーションに違いはないでしょう」

 美織の方が不思議な顔をする。美織のリアクションに困惑しながら、これが青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパルの感じなのかと、改めて他の生徒に対する接し方と違うのに驚かされる。


「まあ、軽く踊って見せてよ。カスタネットなしでいくから、本番もなしでいくから、持ってる風(ふう)で」

 すみれが微笑む。


「はあ『風(ふう)』でいいんですね」


 軽く踊って見せてよと、すみれは言うが、この踊りは紛れもなくバレエ『ドン・キホーテ』の中で主役キトリが踊る踊り。全幕の中でも最も注目の集まる踊りの一つだ。

 すみれや美織はこの踊りを軽く踊っているのかと驚かされる。確かに長い全幕作品の中で、第一幕にあるこの一曲を全力で踊っていたのでは後が続かないということなのだろうか。主役は全幕の最後に最大の見せ場であるグラン・パ・ド・ドゥがある。瑞希と優一がコンクールの練習で踊っているあの踊りがあるのだ。

 多くのバレリーナが憧れるこの踊りも軽くこなす踊りなのかと驚いた。


◇◇◇◇◇◇


 話をしていると理央りおがやって来た。

「おはようございます」

「あら、理央ちゃん、学校は?」園香が聞く。

「昨日、運動会だったんで今日は休みなんです」

「へえ、そうなの。そう言えば、先月末辺りから運動会の生徒たちがバラバラいたね。皆、忙しいね。疲れてない?」

「大丈夫です」

 微笑みながら頷く理央に、周りにいたすみれたちも微笑む。

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