一九九三年 六月

第5章 それぞれの思い

第34話 新高輪フィルハーモニー

 『新高輪フィルハーモニー』常任指揮者である恵那一矢えなかずやとコンサートミストレスの久木田華くきたはなのところを青山青葉あおやまあおばバレエ団の青葉あおば直々じきじきに訪ねて来た。

 恵那えなは青葉のバレエ団の演奏を何度も担当している。団員もバレエ公演の演奏は慣れていた。


「青葉さん、演奏の依頼ならお電話頂ければよかったのに、直々じきじきに足を運んで頂きますとお断りできないじゃないですか」

微笑みながら言う。

「どうしてもお願いしたい話がありまして……」


 応接室にはコンサートミストレスの久木田華くきたはなとフルートの有澤美空ありさわみそらもいた。美空みそらが飲み物を運んできた。


「どうぞ、紅茶です」

「ありがとう」


◇◇◇◇◇◇


 十二月クリスマスの前の週、二日間、四国でバレエ公演での演奏という話だ。三人は顔を見合わせた。この週、ちょうど、そのバレエ公演の日を合わせ前後三日間は予定が入っていなかった。ツアー中で四国にいることになっている。しかも、このツアーでの演奏は主に『くるみ割り人形』ということになっている。


 苦笑するような表情で三人が顔を見合わせる。

「私たちのスケジュールをお調べになって来られたのですか?」

微笑む青葉あおば久木田くきたが、

「それとも、クリスマスの時期に、そんなに暇だと思われてたのかしら?」

「まさか……四国にいらっしゃるのは調べて来ました」


「いつもお世話になっている青葉さんの依頼は断れませんよ」

恵那の横から久木田が、

「ちょうど、予定は空いてますし、このツアーでは『くるみ割り人形』がメインなんですよ。でも抜粋で……青葉先生のお話。全幕なんですか?」

「そうです。全幕です」

もう一度三人は顔を見合わせた。恵那が久木田と有澤の表情を窺うように聞く。

「何人必要?」

「何人ってツアー中だからツアーのメンバー全員参加でしょう……五十人」

青葉もこの人数に少し驚いた。

「楽器は問題ないよね『金平糖』も演奏することになってましたし」

「はい、チェレスターもあります」

「事務局の人には私が言っておきます。受けてもいいかな」

恵那の言葉に久木田も有澤も頷く。


「青葉先生の依頼は断れませんよ」

久木田が言う。


「チャイコフスキー『くるみ』の全幕か……ハープのナオミさんが大活躍ね」

有澤の言葉に久木田が、

「チャイコフスキーのバレエ曲はフルートもすごいでしょう」

頷く有澤。


――――――

〇チェレスター

 アップライトピアノのような形の楽器。ピアノは鍵盤を弾くと中のハンマーが金属製の弦をを叩いて音を出す仕組みになっているが、チェレスターはハンマーが金属の板を叩く。指で鉄琴を弾いているような感じ。幻想的でオルゴールのような音色を奏でる。

 バレエ『くるみ割り人形』の中では『金平糖の精』の演奏で使われる楽器。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る