第323話 秋の文化イベント(七)『ラ・バヤデール』(四)

 優一が舞台袖ぶたいそでに帰ってきた。

 舞台では恵梨香が華々しくガムザッティのヴァリエーションを踊る。先程までの動揺と興奮を自信に変え、美しいヴァリエーションを踊った。細かいところも、すみれや美織の注意をよく守り、いま彼女ができる完璧な踊りで踊り切った。

 続く由美もニキヤのヴァリエーションを艶やかに美しく踊り切った。

 すみれも美織みおりも山野バレエの皆の踊りに舞台袖から大きな拍手を送る。

 最後は『かげの国』の全員でフィナーレを踊る。

 この部分は今まで男性なしでオリジナルの振り付けで踊っていたため、ここに優一は出てこない。

 踊り終わってルベランス(お辞儀)をするところで、優一が、もう一度出てきて皆と一緒にお辞儀をする。

 観客席は大きな拍手に包まれ山野バレエの『ラ・バヤデール』は終わった。


◇◇◇◇◇◇


 舞台袖に帰ってきた山野バレエの生徒たちは興奮冷めやらぬという感じで優一に何度もお礼を言った。

 優一は微笑みながら皆に「また夜の部頑張ろうね」と言って、次の出番に備え花村バレエの『あし笛の踊り』の衣装に着替えた。

 優一の着替えをすみれと瑞希みずきが手伝う。あまり時間がないので園香そのかと真美も手伝う。


「よかったですよ」

 と瑞希みずきが優一に微笑む。すみれが踊り終わった後の優一に気付いていた。

「何かあったの?」

「うん、いや、多分、見間違いではないと思うんだけど、僕たちの次に踊るストリートダンスのダンスチーム」

「ああ、なんか今風いまふうですね」

 微笑みながら言う瑞希に、優一が呟くように続ける。

「ダンスチームのリーダー、多岐川一美たきがわかずみ君じゃないかな」

「一美……」

「多岐川君」

 すみれと瑞希が顔を見合わせた。

 すみれが優一の衣装の背中を縫い終わり、舞台袖ぶたいそでから客席を見渡す。先程ストリートダンスチームが集まっていた場所には、既に彼らの姿はなく、別の観客が陣取っていた。


 園香が真美の顔を覗き込む。

「多岐川一美って、誰だろう?」

「うん、ああ、多岐川君って、バレエやってたやつだよ」

「え、真美ちゃん知ってるの?」

「うん、あんまり詳しくは知らんけど、確か福岡のダンサーやったな。私や園ちゃんと同い年やで、結構コンクールで上位入賞とかしててすごいやつやったで。確か青山青葉あおやまあおばバレエ団の入団オーディション受けたとか聞いたけど、なんで今ここにおるんやろ、しかもストリートダンス」

 瑞希が真美の話を聞いて、すみれに視線を向ける。そして、もう一度、真美と園香の方を向きに、

「私も、今、彼がなんでここにいるのかはわからないけど、青山青葉バレエ団のオーディションに来てたのは覚えてるよ。まあ、いろいろあってね」

「いろいろ……」

 真美が瑞希を見つめる。瑞希がすみれと優一に目を向ける。

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