第249話 九月通しリハーサル第一幕 由奈から園香へ

 くるみ割り人形たちが、ねずみの王様を倒したところで場面が変わる。くるみ割り人形の魔法が解け王子の姿に戻る。

 くるみ割り人形役の恵人けいとは、ここまで人形の面を付けて、ねずみと戦っていた。魔法が解けて王子になるところで人形の面を取る。


 バレエ『くるみ割り人形』

 第一幕 第二場 第八曲 情景・冬の松林の場


 二台のハープとホルン、クラリネット、弦楽器の美しい音色から始まり、荘厳で迫力のある演奏は、今までの屋敷のクリスマスパーティーから一気に別世界にいざなってくれる。

 現実の世界から夢ともうつつともつかない世界。舞台も屋敷の広間から雪の原が広がる松林の空間へ。

 由奈ゆなが王子役の恵人けいとと踊り始める。美しい曲の中で、舞台後方の風景を映す美しい幕の後ろに園香そのかが準備する。


 今回の作品の演出では、この曲の中でクララ役の子どもの由奈が、大人の園香に入れ替わる。

 曲の最も盛り上がるところで、由奈が舞台を大きく円を描く様に駆け幕に入る……と同時に園香が幕から同じ衣装、同じ髪飾り、同じ振りで、一瞬で入れ替わる様に幕から出てくる。舞台上で一瞬にして子どもから大人に変わる。


 演技を終わり周りで見ていた、ねずみや兵隊人形、次の雪の場の準備をして待っている他の出演者たちから思わず拍手が起こった。


 園香が恵人と踊る。美しく伸びやかに踊る。


 バレエ『くるみ割り人形』は青山青葉あおやまあおばバレエ団が最も得意とする演目の一つで、このバレエ団の『くるみ割り人形』は多く人が見たいという演目だ。

 美織みおり、すみれ、古都こと、優一、とおるげん……この作品を名門青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパル、バレエ団の顔として踊り続けてきたダンサーたちが、園香たち二人の踊りを見ている。

 青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員たちの視線に囲まれているというのを、今、この場で踊り始めて、初めて気が付いた。

 由奈はこんな中で、ここまでクララを演じてきたのかと園香は改めて震えるような感覚を覚えた。


 今、彼女たち、彼ら、青山青葉あおやまあおばバレエ団の団員たちの前で自分が踊っている踊りは、バレエ『くるみ割り人形』の主役の踊りだ。

 名門バレエ団の自分よりも遥かにすごいバレエの大先輩たちの前で、自分が踊っているのは、主役の踊り、そのバレエ団の頂点に立つ者が踊る踊りだ。

 今、自分に向けられている周り視線の前に、どんな妥協も、いいわけも通じないということをはっきりと感じた。


 ここまで第一幕の出演者たちの演技や踊りを微笑ましく見ていたように見えた美織みおりやすみれ、瑞希みずきはもちろん、康子や佐由美、麗子、衣装の由香や一花いちかまで、まるで全員からプロのダンサーを見るような厳しい視線を向けられているのがわかった。

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