第263話 グラン・パ・ド・ドゥ 主役の踊りとは

金平糖の精と王子のグラン・パ・ド・ドゥ

金平糖の精 佐倉園香さくらそのか

王子 河合恵人かわいけいと


 この踊りのとき舞台には、ここまで踊ってきたダンサー。第二幕の『スペインの踊り』から『花のワルツ』までの出演者が、園香と恵人を大きく囲むように並び座っている。

 園香たち二人が踊る間、この第二幕に出演したダンサー全員が舞台上で二人を見守る。


 周りで見ている青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーたちの目線が集中しているのがわかる。今は通しリハーサル中だ。もちろん、誰も途中で注意する者はいないが、団員たちの刺すような目線を感じる。


 園香は練習を重ねるごとに、恵人のアダージオのサポートが安定してくるのを感じた。恵人の技術はアドバイスを受ける度びに、確実に改善されているのがわかる。すごい吸収力だと思った。

 園香も、すみれや美織みおりによる基礎から見直す個人レッスンを続けてきた効果もあってか、男性と組んで踊るところで、より正確なポジションに入れているのを体で感じた。軸も強くなっている。踊っているなかで、男性に踊らされている感覚が少なくなってきた。二人で踊る中で、自由に表現ができているのを感じられる。地に足が付いた踊りができている気がした。


 男性のソロヴァリエーション。美しく気品を感じられる踊り。なんて、安定感のある踊りなんだろうと改めて思う。ソロのヴァリエーションだが、恵人のこの余裕のある踊りは一緒に踊っていて園香にも安心感を与えてくれた。


 女性のソロヴァリエーション『金平糖の踊り』チェレスターの不思議な音色が稽古場を包む。今まで注意されてきたことをすべて意識しながら踊る。すみれや美織の目にはどう見えているのだろう、そんなことを思った瞬間、


「自分の踊りに集中しろ!」


 と声が響いた。すみれの声。まるで、今、自分の考えていたことが見透かされていたかのような一言だった。

「はい」

 思わず返事をする。

 すみれと美織がクスッと笑うのがわかった。周りで見ていた者も、それに気付き稽古場の雰囲気が和む。園香も気持ちが落ち着いた。気を緩めてはいけない、気を散らしてはいけないと集中力を高め踊り切る。


 コーダは恵人の華やかな跳躍から始まりパ・ド・ドゥの盛り上がりへ繋がっていく。恵人の踊りは一つ一つの大きな跳躍がかろやかで美しい。この軽やかさが余裕と気品を醸し出しているのだと思えた。園香は一緒に踊っていて勉強になると思った。

 この緊張したリハーサルの中で、よくこれだけ気持ちに余裕を持って踊れるものだ。一緒に踊っていて感心する。

 これは青山青葉あおやまあおばバレエ団のプリンシパルとして、東京の大きな舞台で、何度も踊ってきたから成せるわざなのだろうか、彼の持っている雰囲気、一緒に踊っていて感じる『周りを安心させる余裕』は、その経験だけで生まれてくるものでもないような気がする。

 この踊りを本当に自分の踊りにしているからこそ、ここでも、大きな舞台でも堂々と踊れるのだろうと思った。


 しかし、恵人が踊ると、すみれや美織からは容赦ない厳しい言葉が飛んでくる。そんな中で、印象に残る言葉があった。


「周りを見ろ」

 踊っている途中で、二人に向けられた、すみれの言葉。


 園香は、一瞬、何を言われたのか分からなかった。この華やかな踊りの終盤で二人の踊りに対し、ここで『周りを意識しろ』という言葉。


 ふと周りを見て、


 ゆいと真由のきらきらした視線と目が合った。


 園香はハッとした。


 これだけたくさんの出演者が、ここまで一緒に踊ってきた仲間が、自分たちの踊っている、この踊りに対して夢を託している。この舞台の華として見守ってくれている。


 その皆が見えていなかった。自分たちの踊りとしてしか踊っていなかった。


 こんな小さなゆいたちキッズクラスの子どもたちから、今までずっと一緒に踊ってきた大人クラスのダンサーまで、皆が『くるみ割り人形』の主役の踊りと思って見守ってくれている。


 花村バレエのダンサー、キッズクラスの唯や真由から大人クラスの千春たちまで、クララのバトンを渡してくれた由奈ゆな。この衣装を作ってくれた由香や一花いちか、そして、手伝ってくれているお母さんたち、その全員の思いが注がれている。


 園香は思った。

 これは私たち二人の踊りではなかった。花村バレエが観客全員に送る皆の踊りだ。

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