第337話 レベル多岐川一美

 レッスンが終わり一美かずみの周りに真理子やあやめ、すみれたちが集まる。

「まったく問題ないわね」

 真理子が微笑んで言う。すみれと美織みおりも頷く。

「僕は『くるみ割り人形』に出してもらえるんですか?」

 一美の言葉に真理子が笑顔で、

「出してもらえるなんて、そんな、こちらからお願いして出て頂きたいわ」

「ありがとうございます」


 早速、すみれが一美に出演する演目を伝える。

多岐川たきがわ君に踊ってもらいたいのは、いくつかあるの。まず、第二幕の『スペインの踊り』これはここの生徒さんの奈々ちゃんとペアで、多岐川君と奈々ちゃんのペア。真美ちゃんと青山青葉あおやまあおばバレエ団の木島剣きじまけんちゃんがペアで四人で踊る予定なの」

「え、木島さんと! 僕、知ってますよ。プロじゃないですか」

「ああ、そう言えば福岡出身だったね、木島の剣ちゃん。プロよ。バレエ団員だから」

「同じバレエ教室の大先輩ですよ」

 すみれが微笑みながら、

「そうだったわね。三倉春乃みくらはるの先生のとこ出身なのよね」

「ゲストダンサーとして三倉バレエの教室によく来てくれてたんです」

「彼も実は今度のリハーサルで初めてここに来るのよ。急に出演が決まったの」

「そうなんですか」

「あ、後、出演の方だけど『花のワルツ』はディベルティスマンのダンサー全員が出るから『花のワルツ』ね。それとグランが終わった後の『終曲のワルツ』もね」

「ああ、グランドフィナーレみたいなやつ」

「そう、結構フォーメーションが複雑だから、心して覚えてね」

「え、そんなの覚えられるかなあ」

「なに言ってるの。そこが難しいから、他のダンサーじゃなく、わざわざ、あなたに出演依頼したのよ」

 すみれがにらむような目線で言う。

「が、頑張ります」

「お願いね」

 皆が一美に微笑む。


◇◇◇◇◇◇


 その日、全員練習の前に、恐ろしいスピードで、すみれから一美に振りが写された。出演者全員が見ている中で『スペインの踊り』を振り付けして、休憩もせず続けて『花のワルツ』と『終曲のワルツ』の一美のパート。

 この振り写しのスピードは真美の時よりも数段速かったように感じた。しかし、その振り写しに一美はついていく。ブランクがあると本人は言っていたが、そんなものは微塵も感じさせないほど振り覚えが速い。

 園香そのかたちばかりでなく見学席で見ているお母さんたちも、その様子を驚いて見た。


 すみれが数回振りを教えて、すぐに一美が曲で踊る。

 その後、早くも複雑なフォーメーションでたくさんの人数が入り乱れる様に踊る『花のワルツ』と『終曲のワルツ』を全員で通した。

 今回の花村バレエの『花のワルツ』の最後の部分と『終曲のワルツ』の最後の部分は、特に振りとフォーメーションが複雑で、一人が振りを間違えたり動きを間違えると全員が止まってしまう。

 その部分を、まったく昨日まで、ここで皆と一緒に『くるみ割り人形』のリハーサルをやって来た一員ではないかと思わせるほど、振りも間違えず、誰かと接触するような危ないところもなく見事に踊り切った。


 さすがに、これには真理子やあやめ、花村バレエのダンサー、スタッフ、見学者、ばかりでなく、すみれや美織も驚いた。

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