第338話 エキシビション 真理子からすみれたちへの相談

 一通り『くるみ割り人形』の練習が終わって、真理子とあやめが、すみれたちのところにやって来た。

「すみれさん、美織みおりさん、ちょっと話があるんですけど」

「はい」

 振り返るすみれと美織。真理子の言葉に近くにいた瑞希みずきや優一も顔を向ける。

「この公演の練習を続けている間に、教室の生徒や関係者ばかりでなく、行く先々で、すみれさんや美織さんの踊りが見たいという声が凄いんです」

「それは、ありがとうございます。でも、公演では『花のワルツ』踊りますよ」

 すみれの言葉に、真理子が少し考えるような顔をしながら、

「それだけでは、少し周りの人たちが物足りないようで……」

 すみれと美織が顔を見合わせる。

「難しいお願いかもしれませんが、今回、出演して頂くたくさんの出演者の中でプロのダンサーである四人に特別にヴァリエーションをお願いできないかと」

「特別にと言われますと?」

「公演の中で『くるみ割り人形』の本編が始まる前にエキシビションという形で四人に踊ってもらえたら」

「ええ、そんなこと、いいんですか? 本編の雰囲気とか、流れに影響しませんか」

「エキシビションと本編の間には、また、少し『』を取ってナレーションで繋ぐ予定です。そこは、本編の流れに影響しないようにするということで」

 真理子の思い掛けない申し出に、すみれと美織は、もう一度、顔を見合わせた。美織が少し気にするように、

青葉あおば先生とかとおるさんに了承を得ないと」

「それは、実は少し前に、周りがこんな状況だという話をしたとき、青葉先生と徹さんから提案があったの」

「え! そ、そうなんですか」

 すみれも青葉からの提案と、真理子からの依頼とあっては断れないという表情だった。

「でも、どんな踊りを踊ったらいいんでしょうか」

 すみれが少し考えるような表情で、真理子を見つめる。

「四人の一番代表的な踊りで……時間は取りますので」

「代表的なと言われましても……」

 すみれが周りを見回す。

「時間はどのくらい頂けるんですか?」

「そうですね。十五分から二十分くらい。エキシビションから本編まで三十分くらい取ってもいいと思ってるんです。その時間も青葉先生のご提案で」

 真理子の提案に、少し考える様にしていたすみれが思い付いたように口を開いた。

「三十分頂けるなら、こういうのはどうでしょう、今回、青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーも数人出演するのですがゲストはゲストなので、あくまでも、エキシビションで踊るのは、最近、ここの生徒になった者の紹介を兼ねてということで」

「はあ」

 真理子とあやめは、すみれが言わんとすることが呑み込めていない様子だった。

「最近、ここの生徒になったのは、私たち四人と全国コンクールで上位入賞を果たした経験のある真美ちゃんと多岐川たきがわ君です。六人で踊るのはどうでしょう?」


 すみれの提案に真理子とあやめ、北村と秋山は顔を見合わせ微笑んだ。園香そのかも周りを見回し美和子と香保子かほこと一緒に微笑んだ。

 真理子が「それはいい」と了承し、すぐに六人でエキシビションを踊ることに決まった。


 真美と一美かずみが思わぬことに巻き込まれたという表情で声を漏らす。

「な、何を言うてくれてんねん」

「僕たち一応全国コンクールで入賞はしたけど、すみれさんたちとはレベルが違いすぎます」

「そうや『何なん、あの二人知らんがな』ってなりますよ」

 すみれが微笑みながら、

「大丈夫よ」

 と言うが、真美が困ったように、

「なにが大丈夫なんですか? 今度の公演、関西からもいっぱい見に来るで。多分、橘麗たちばなうららなんかも、美香先生も来るとか言ってたで。あの人たちに見られたら『なに調子に乗ってんねん』ってなりますよ」

 すみれが微笑みながら、

「宮崎美香先生は楽しみにしてくれてるみたいよ」

 と言うと、真美が溜息をつくように、

「楽しみにて……本番中でも、客席や舞台袖ぶたいそでから怒鳴って注意するような人やで」

 真美の困った表情とは裏腹に、周りは笑顔に包まれた。


 そうして、記念公演で『くるみ割り人形』の本編の前に、エキシビションが行われることが決定した。

 出演は、すみれ、美織、瑞希、優一、真美、一美の六人で踊ることになった。

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