第336話 そして一美が入って

 あやめが鏡の前に立ちレッスンが始まる。

 キッズクラスの子どもたちは稽古場の周りで、お姉さんたちのバーレッスンからセンターレッスンまでを静かに見ているよう言われる。


 すみれと美織みおりは自分たちもバーレッスンをしながら、一美かずみがレッスンを受ける姿を見る。

 園香そのかや真美たちも一美の様子が気になる。一美は優一の前で周りから見られていることなど、まったく気にする様子もなく集中してレッスンを受けている。

 一番プリエから入るバーレッスン。

 一美の一番ポジションに立った姿は、もうそれだけで、どこかのプリンシパルを思わせるバレエダンサーだ。園香や真美、奈々も、その立ち姿を見ただけで、彼が別格のダンサーだということが分かった。さすが、すみれが強引に引き入れたダンサーだけのことはある。レベルが違う。プリエからタンジュ、ジュテ、次々に流れる様に進むバーレッスン、プロのすみれ、美織、優一もまったく注意するところがないほど美しく正確なポジションでバーをする。

 本人が少しバレエを離れていたと言っていたが、そんなことは微塵も感じさせない完璧と思えるバーを見せた。柔軟性も素晴らしい。足、腕、顔の向き、どのエクササイズも美しいポジションを取って踊る。

 さすが、青山青葉あおやまあおばバレエ団の厳しいオーディションで合格しただけのことはある。

 すみれや美織と同様に、真理子とあやめも彼の状態を見たいと言っていたが、バーレッスンが始まった時点で、もう言うことはないという感じで微笑みながら見ていた。真理子もまったく口を出すことがないという感じだった。

 見学席で見ていたキッズクラスのお母さんたちも「あの文化イベントでストリートダンスを踊っていた人とは思えない」ということを口々に話しながら見惚みとれる様に視線を向けていた。もっとも、すみれや美織、瑞希みずきや優一、真美にとっては、あのコンクールで上位入賞していた多岐川一美たきがわかずみがストリートダンスを踊っていたとは思わなかった、という感じなのだろうが……


 バーレッスンが終わって、センターに入る前の少しの休憩時間。優一が一美に声を掛ける。

「いいじゃない。全然、問題なさそうだよ」

 と微笑む。すみれや美織も近づいてきて、

「もう、ここまでで合格だよ」

 と言う。横から瑞希が、

のぞみより全然凄いんじゃない」

 と微笑む。

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