第335話 出演交渉

 すみれが話を切り出した。

多岐川たきがわ君、今度、ここのバレエ教室が記念公演をするのは聞いてるわよね」

「ええ」

「公演にはゲストとして青山青葉あおやまあおばバレエ団のダンサーが大勢出演するの」

「はい、すごいですね」

「多岐川君、雪村希ゆきむらのぞみを知っていたかしら」

「ええ、コンクールでよく顔を合わせてました。雪村希ゆきむらのぞみ君と河合恵人かわいけいと君」

 恵人の名前が出て園香そのかは少し驚いた。

「そうね。あなたたち年が同じだから、いつも同じ部門で競っていたわね」


 少し間を置いて、すみれが話す

「ついこの前、少し困ったことが起こったの。今回のここの公演に出演する予定だったのぞみが向こうでリハーサル中にケガをして出演ができなくなったの」


「え!」

 一美は話の展開から、すみれが何を言おうとしているか分かった気がした。

 少し戸惑うような表情で、一美が周りの全員の顔を見回す。

「いやいや、僕はちょっとブランクがあるから」

 慌てる一美に、美織みおりが、

「でも、この前の踊り、ジャンルは違うけど、あれだけ踊れれば、バレエもすぐ戻せるんじゃない。バレエやめてたって言っても一年くらいでしょう」

「公演は十二月、スケジュールはどう?」被せる様にすみれが言う。

「え、ちょっと……待って、なんか、もう出演が決まってるみたいな空気……」

 一美が少し困った表情で周りを見回して言う。

 園香と真美が顔を見合わせて微笑む。


「なんか、断れない感じですね」

 ボソッと呟くように言う一美に、すみれが微笑みながら、

「まあ、私たちが最大限にフォローするから、出演お願いしていいかしら」

「……ええ」

「あ、それと、多岐川君、今日は体験レッスンだけど、ここのバレエ教室に入会するということでいいかしら」

 すみれが微笑みながら聞く。

「あ、まあ、入会させて頂けるんでしたら」

 戸惑う様な表情で周り見る一美に、すみれが微笑みながら、

「じゃあ、今日からここの生徒ね。こっちから無理やり誘ったみたいになったから公演の出演料は私が持ってあげるわ。これで断れないわよね」

「すごいですね。この強引な出演交渉」

 隣から瑞希みずきが被せる様に、

「まあまあ、すみれさんに、ここまでお願いされて舞台に出る人はいないよ。幸せ者だ。すみれさんの言葉に背いたら、この世界に戻って来れなくなるよ」

 パシッと、すみれが瑞希の頭をはたく。


 結局、多岐川一美はスケジュールを調整するということで、公演に参加することになった。本人も念願の青山青葉あおやまあおばバレエ団の人たちと一緒に舞台を踏めるということが嬉しかったようで、いろいろ文句を言いながらも内心、公演に出演できることを喜んでいるのが、周りの皆にもわかった。


 それより園香たちが驚いたのは、この前、すみれが言っていた、雪村希ゆきむらのぞみの代わりのゲストダンサーに花村バレエが支払うゲスト料のことだ。

 すみれは別のゲストダンサーに支払うゲスト料は青山青葉バレエ団で、どうにかすると言っておきながら、なんだか、上手く一美を説得し、一美に支払うゲスト料どころか、一美からもらう公演出演料をただにしてあげると話をまとめた。

 一美は「出演料は皆払ってるんだろうから、僕も払います」と申し出たが、すみれに大丈夫と言われ、なんだか得した気分になったようだ。

 衣装についても一美はのぞみと背格好が近いので、そのまま希が着るはずだった衣装を使えるだろうということになった。


 その後、すみれが希の代わりに多岐川一美が出演することになったという経緯いきさつを、青山青葉バレエ団に連絡すると向こうでも驚いていたのが伝わってきた。


 希に対するゲスト料については出演はできなくなったものの、ここまで公演のレッスンに参加して作品を仕上げてくれたこともあるので青葉あおばと相談するということになった。


 真理子は多岐川一美が長年通っていた福岡の三倉春乃みくらはるのバレエスタジオの主催者である三倉春乃みくらはるのに、この経緯を話して、今回の公演に一美に出演してもらうことになったと連絡した。

 花村バレエと三倉バレエにも繋がりがあり真理子と春乃もよく知っている仲だった。

 改めて、今回の記念公演のことを話すと、三倉春乃も、是非、公演を観に行きたいと言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る