第278話 恵人の話 美織とすみれ(二)

美織みおりさんとすみれさんって本当にすごいね。二人は先輩と後輩なんだけど、なんか、すごく仲いいよね。気が合うって感じなのかな」

 恵人けいとが呟くように言う。

「そうなんだろうね。なんか、そんな気がする。実際、私も、すみれさんとは七月に初めて会って……それからも、すみれさんといる時間が特別に長かった訳ではないし、よくわからないんだけど、それでも、やっぱり、すみれさんって、他の団員さんよりは美織さんと気が合うみたいな感じはするな……」

 運転しながら園香そのかが呟く。

「そうだね。でも、誰でもそういうところあるんじゃない」

「え?」

「いや、たくさん人がいる中で、特に仲のいい人がいるみたいなのは誰でもあるじゃない」

「まあ、それはそうね」

「なんていうか、二人が凄すぎるバレリーナだから、なんとなく周りから見て、すごい人同士で仲がいいのかな、なんて思いがちだけど、何か、もともと二人の好みとか趣味が合うんじゃないのかな。なんだか二人とも踊りでも古典を好む感じだしね」

「あ、なんかそれ、私も感じる。あの二人、古典、純クラシックの方が好きみたい」

「うん、そんな感じはあるね。もちろん、コンテンポラリーとか創作バレエも踊るけどね」


「すみれさんは、美織さんにとってバレエの師匠とか、恩人とか、そんなことも聞いた気がするけど、そんな感じなの?」

「うん、僕もよくは知らないけど、聞いた話では、美織さんって、小さい頃からバレエはやっていたけど、青山青葉あおやまあおばバレエ学校ではなくて、別のとこでやってたみたいなんだ。小学校の四年生の初めに青山青葉バレエ学校に来始めたんだ。それで、バレエ学校に来始めた頃、なかなかクラスに馴染めなかった美織さんに、すみれさんが手を差し伸べて、そこからプリンシパルにまで導いたって噂があるんだよね」

「へえ」

「すみれさんは、ああいう感じの人だから誰に対しても、そういう風にするタイプではないと思うんだよね」

「すみれさんにとって美織さんは特別だったのね」

「彼女は特別だよ。ある時、誰かが言ってたけど、青山青葉バレエ団で頂点にいる人は、すみれさん、古都ことさん、美織さんの三人で、表現力、技術は三人とも飛び抜けてる。その表現力と技術を支えているのは何か……すみれさんの場合は、昨日も話に出てたけど、体幹とか狂わないバランス感覚、古都ことさんの場合は、内面からかもし出される表現力、美織さんの場合は、体型、体に対する手足の長さ、頭の大きさとか、身体的なバランスの美しさって言われてた。三人ともそれらすべてを兼ね備えてはいるけど、特にその部分は突出しているって」

「へえ」

「でも、そうなると、どうだと思う? 体幹、バランス感覚、表現力は鍛えられるんだよ。稽古を積み重ねることで一定レベルまでは……でも、持って生まれた身体的な条件は……ね。そこを、すみれさんが見抜いたというか、稽古場に馴染めなかった美織さんを絶対に手放したくなかったんじゃないかな。すみれさん、きっと柔軟性や筋力、技術や表現力は引き上げてあげられると思ったんじゃないかな。でも、持って生まれた身体条件は宝物なんだよ。だから、古都ことさんよりも、すみれさん自身よりも、美織さんの方がすごい……って、すみれさんが言ったっていう、そんな噂があるんだ」

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