第301話 避けては通れないお金の話(三)チケットノルマ

 ここまで聞いて、真理子とあやめにとっても、まったく悪い話ではないと思った。


 オーボエの浅木あさきが口を開いた。

「チケットノルマのようなものが、出演者の方々にも多少はあるでしょう。記念公演は皆さんの晴れの舞台ですから、生徒さんも身内の方やお友達には、是非、観に来て頂きたいです。でも、もし売り切れなくて、自分でかぶるチケットがあったら、その売れないチケットは全部私たちが買い取らせて頂きます。私たちと青山青葉あおやまあおばバレエ団さんが……青山青葉バレエ団さんのファンの方の中には、すみれさん、美織みおりさん、古都ことさん、瑞希みずきさんが出演すると言えば、東京や大阪からでも観に行きたいと言われるファンがいるんです。チケットは一枚も無駄にしません。空席は一席も作りません。必ず、全日程、全席、ソールドアウトさせます」


 なんという人達なのだろう。真理子とあやめは顔を見合わせる。


 とおるが口を添える。

「有りがちなことだと思うんですが、チケットのノルマは主役や重要な役柄の人の枚数が多くなりませんか? そこは出番の少ない人より出番の多い人、主役の方なんかが多くなりがちでしょう。でも、実際のところ、主役の園香そのかちゃんなんかは出番も多い分、練習も多くなりチケットを売りに走る時間なんてないんじゃないですか? 売れないチケットを握られては困るんです。ふたを開けたら客席が空席だらけ、なんていうのは困るんです。ですから、チケットは責任を持って売れなんて言わないで、売れないチケットは早めに我々に回してください。全国にある支部教室の生徒や応援して下さる方々に買って頂き公演に来場して頂きます」


 驚きを隠せない真理子とあやめに、とおるが微笑みながら続ける。


「先程、オーボエの浅木あさきさんも仰ったように、もちろん折角せっかくの晴れ舞台ですから、自分に任されたチケットは全部売れるというのなら、それに越したことはない。出演者の方が声を掛けたお客様に来て頂いてください。なにより自分を観に来てくれて、温かい拍手に包まれることは素晴らしいことですから……生粋の花村バレエの生徒さんではない、すみれさんや美織みおりさんのファンの拍手に包まれるより、花村バレエの生徒さんのお知り合いの方々の拍手に包まれた方がいいに決まっている」


 真理子とあやめも、あまりに思いも掛けなかった提案ではあったが、これは受けない手はないと思った。


 青葉あおばとおる恵那えなを始め新高輪フィルハーモニーの面々が真理子とあやめに視線を向ける。恵那が微笑みながら言う。

「まあ、突然の思い掛けない提案ではあると思いますので、今すぐ即答は求めませんが、この提案、花村バレエさんにとって、何のリスクもないと思いますし、何か別のメリットと引き換えに選択しなければならない提案でもないと思います。お返事を待っています」


 真理子とあやめは、数日後に返事をするということで、その日は新高輪フィルハーモニーを後にした。

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