一九九三年 五月

第1章 出会いのとき

第1話 一九九三年 喫茶店エトワール

 一九九三年。季節はこれから夏に向かおうとしていた。


「はあ……今年の公演は『くるみ』なんだって」

「なにそれ、園香そのか、花村バレエ三十周年記念公演の主役じゃない。大抜擢よね」

奈々ななのときは『眠り』だったよね。豪華絢爛だった」

「まあ、そういう作品だからね」

「いや全然不満はなくて名誉なことだと思ってるよ。でも、なんかさあ『くるみ』って今まで何回も全幕やってきたよね。三十周年記念で、また『くるみ』って感じ……」

「そんなこと言わないの。やっぱり小さい子から大人クラスまでみんな出演できるから『くるみ』っていいんじゃないの『白鳥』とか『眠り』だと小さい子とか出るとこないじゃない」


 市内の喫茶店『エトワール』でアイスクリームを食べながら二人の大学生が話している。佐倉園香さくらそのか牧村奈々まきむらなな。二人は小さい頃から地元のバレエ教室、花村真理子はなむらまりこバレエ研究所に通っていた。

 昨年の公演の演目は『眠れる森の美女』だった。主役を務めたのは、今、園香と一緒にアイスクリームを食べている牧村奈々だった。関西のバレエ団から男性のゲストダンサーを数人招き、華やかな舞台は好評を博した。


「あら、どうしたの? 園香ちゃん。私『くるみ』好きよ」

カウンターの奥から女性が声を掛ける。微笑み返す園香。

「園香は『オーロラ』か『オデット』踊りたかったんだって」

奈々がアイスクリームを食べながら言う。


「オデット……いつか踊れるわよ。園香ちゃん上手だから」


 この店はバレエ教室の隣にあり、朝から昼にかけては喫茶店、夕方は洋食店をしている。マスターと奥さん千春ちはるさんもバレエが大好きだ。千春さんは子供の頃からバレエ教室に通っていたそうで、今でも花村バレエの大人クラスに通っている。舞台にも毎回出演していた。

 そんなこともあってマスターはいつも舞台を見に来てくれた。店内にはバレエの曲が流れ、店にあるテレビではバレエの映像が流れていた。

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