第73話 天使からのアドバイス

 美織みおりと優一のリハーサルもいよいよ佳境という感じだった。いつも園香そのかは見学させてもらっている。今までは瑞希みずきも踊りを見てもらっていたが、このところ美織みおりと優一の踊りだけに集中した練習になってきた。


 美織みおりと優一の踊りは学ぶところが本当に多い。安定感がすごいというのはいつも感じているのだが、そんな中でも、彼女らなりに踊りを調整しながら踊っているというのもわかるようになってきた。

 つまり、これだけすごいレベルだがいつも七割から八割のところで踊っているというのが見えてくる。二人なりに調整しながら余裕のあるところで踊っている。常にフルスロットルではない。そのレベルが普通の人の遙か上空にある感じだ。


 美織と優一はよく真理子に指導を仰いでいる。真理子が『ライモンダ』のアダージオ、ヴァリエーションやコーダとテクニックから表現まで全般を指導する。

 何か不思議な感じがする。美織ばかりか優一の男性ヴァリエーションについてもいろいろアドバイスすることがある。美織も優一も指導された部分を何度も繰り返して練習し振りを確認する。

 なかでも美織の『ライモンダ』のヴァリエーションは、かなり細かく腕の表現や顔の向き表情についてアドバイスしていた。

「この『ライモンダ』の踊りを大舞台で見せられるのは、美織さん、あなたぐらいしかいないでしょう。今回の出演者の中で……」

「そんな、すみれさんと古都ことさんも出るんです……」

「すみれさんと古都ことさん……」

 下を向くようにして微笑みながら首を振る真理子。まるでその二人も、世界のプリマたちも、あなたのライバルではないとでも言いたげな表情だ。


「他の人の踊りを見なくてもあなたを見ていればわかるわ。まあ、あなたが、なんと言おうと、あなた自身が一番心の中でわかってるでしょう」


 そして、この時も美織は真理子の指導を細かくチェックしながら練習していたのが印象的だった。


 静かで哀愁の漂う曲の中で踊られるライモンダのヴァリエーション。おそらくあらゆるバレエ作品の中で主役の最大の見せ場で踊る踊りとしては、最も静かな曲、静かな中にひそむ力強さを表現する踊りではないだろうか。


 園香そのかは小さい頃から花村バレエに通っていたが真理子が『ライモンダ』の振りを細かく教えるところなど見たことがなかった。

 一緒に稽古場で見ていたあやめも真剣な眼差まなざしで聞いていた。


 練習の最後に『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥを踊る。生徒たちもたくさん見学している。美織といつもキャンディを一緒に踊っているキッズの子たちと、そのお母さんたちも……この踊りは花村バレエの生徒たちにとっても馴染みのある曲、踊りである。

 少し振りを確認して準備に入る。美織がみんなに向かって微笑みながら、

「みんなも気が付いたことがあったら、なんでもアドバイスしてね」

そう言って踊り始める。


 美しい、正確な踊り、園香も……なにもかも、すべてを忘れてその世界に引き込まれてしまう様な踊り。

 曲と踊りが調和している。美しく高度なテクニックもまるで難しいことをしていると感じさせないほど……美しい。


 すべて踊り終わった。


 見学席から大きな拍手があった。美織が微笑んで、みんなの方を向く。真理子もあやめも何も問題ないという表情だった。

「瑞希」

 瑞希が驚いたような表情で二人を見て

「うん、特に……特にないです」

「クララの由奈ゆなちゃん」

「とても素敵で素晴らしかったです」

「園香ちゃんは」

「素晴らしかったです。とても勉強になりました」


「美織先生、もっとニコニコ」

 キャンディの女の子が手をあげて微笑んで言う。

「こら! ゆいちゃん」

 周りのスタッフに緊張が走った。隣にいたお母さんがその子の頭を叩く。


「だってお姫様ニコニコだもん」

泣きそうになる女の子。


 美織が女の子に近づいて行く。教室にいた全員に緊張が走る。

 女の子は震える様に涙を浮かべた目で美織を見上げる。

「お姫様はニコニコ……」震えるような小さい声……


 次の瞬間、スッと美織がやさしく女の子を抱き上げる。そして、涙を拭いてあげながら微笑む。


「ありがとう。お姫様はみんなのお姫様だからニコニコじゃないとね……忘れてた。ありがとう。唯ちゃん。舞台の前に大切なこと思い出させてくれて」

大きく頷いて微笑むゆい


「唯ちゃんは舞台見に来てくれる?」

頷く。

「そう、笑顔で踊れてるか見ててね」

もう一度大きく頷く。


◇◇◇◇◇◇


 次の日、バレエフェスティバルのプログラムが送られてきたといって、美織が稽古場に持って来てくれた。数冊送って来たから教室にもどうぞと真理子とあやめに渡していた。

 パンフレットといっても、それは、もう一冊の本のレベルだ。最初の数ページは主催者の人たちの写真と紹介、主催者からの言葉が書かれていた。


 そして、プログラム……

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