一九九三年 七月

第8章 バレエフェスティバル リハーサル

第71話 七月になって

 六月はゲストの先生方がやってきて慌ただしく一ヵ月が過ぎ去った。その後もあの数日間で渡された振りや演技を毎日のレッスンのあと一時間程度練習する日々が続いた。

 結局、あれ以来全員がそろっての通し練習はなかったが、各々の振りは少しずつレベルを上げていった。


 そして、そんな毎日の練習の後相変わらず、美織みおり瑞希みずき、優一は自分たちの踊りの練習も続けていた。彼女らの練習は花村バレエの生徒たちの公演練習からすると、とてつもなくレベルが高いものだった。

 別に誰が「見学するように」と言う訳でもないが、彼女らが練習を始めるとみんな鏡の前や教室の壁際に座って三人の踊りを見る。


 美織みおりと優一はいつも『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥと『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ。

 そして『ライモンダ』のグラン・パ・ド・ドゥという作品を踊っている。

 どれも本当にプロ中のプロという感じで、さすがバレエフェスティバルで踊るダンサーという感じだ。

 劇場で見たら二万円から三万円近いチケットを買わないと見れない踊りを稽古場で見れるというのが贅沢だった。


 瑞希みずきと優一は『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥ、そして、瑞希がソロで『ジゼル』第一幕のジゼルのヴァリエーションと『眠れる森の美女』第三幕のオーロラのヴァリエーション。

 そしてモーリス・ラヴェルの『ラ・ヴァルス』という曲でコンテンポラリーダンスを練習している。この瑞希のコンクール練習というのは一年後ということだったが、素人目に見ても今すぐでも入賞できるようなレベルに見えた。


 こんなすごい彼女たちが普通のレオタード姿で踊る。衣装で隠れるところがない分、その身体能力の高さがあからさまにわかる。


 美織と優一のバレエフェスティバルは七月の半ばにある。瑞希は付き人として一緒に行くという。

 今回のバレエフェスティバルは花村バレエからも見に行く人がかなりたくさんいるようだ。今までは別世界のバレエの祭典という感じだったが、こうして身近な人が出演するとなると一度は見に行ってみたいと旅行を兼ねて見に行く人が多いようだ。


 園香そのかも見に行くことにしている。バレエフェスティバルはAプログラム、Bプログラムとあるのだが、両方とも見に行くようにチケットを買った。頑張ってアルバイトで貯めた分でチケットを購入した。

 美織と優一はAプログラムでは『海賊』と『ライモンダ』を、Bプログラムでは『エスメラルダ』と『くるみ割り人形』を踊る。

 Bプログラムが土曜日ということもあって、花村バレエのみんなはBプログラムに行くようだ。


 園香はその前の週の青山青葉あおやまあおばバレエ団の『白鳥の湖』も見に行こうと考えている。すべて見る様にすると三週間ぐらい東京にいることになる。

 大学の授業はなんとかなるが、問題は宿泊費用だ。

 同じスケジュールで真理子とあやめも行くが彼女たちは青葉あおばが自宅に泊めてくれるということで宿泊費がかからない。さすがにそれに便乗することは気が引けた。真理子とあやめに付いて行くというだけでも気を遣うのに、青葉あおばの家に泊めてもらうとなると、もう、どうしていいかわからない。

 途方に暮れていた園香に瑞希が自分の実家に泊めてくれるという。

 それも気を遣うので、最初は断っていたが、瑞希が遠慮しなくていいと強引に誘われたのでお金のことも考えて甘えることにした。

 瑞希の家に泊めてもらうということは恵人の家に泊めてもらうということになる。

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